アスベスト(石綿)のリスクから労働者の保護を強化するため、欧州(EU)理事会と議会は新たな規則について暫定合意した。国際的な石綿規制の強化をめぐる大きな動きだが、どういうわけか日本では報じられていない。(井部正之)

アスベスト規則の修正に暫定合意したことを示すEU理事会の発表

◆最優先施策で石綿ばく露増

EUは20年近く前の2005年に石綿を使用禁止した。しかし古い建物などには現在も残存しており、労働者にとって深刻な健康リスクとなっている。石綿は吸うと数十年後に非常に予後の悪い中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)や肺がんなどを引き起こすおそれがある。とくに中皮腫は低濃度のばく露でも発症する場合がある。

現在でもEU域内で410万~730万人の労働者が石綿にばく露していると推計され、2019年にはEU諸国で約7万2000人が石綿関連疾患によって死亡した。またユーロ圏統計局によれば、EUにおける職業がんのじつに78%が石綿関連の可能性があるという。

しかも今後EUで建設業における労働者の石綿ばく露が年4%増加すると推計されている。その理由は、2050年までにEU域内の温室効果ガス排出をゼロにする脱炭素と経済成長の両立をねらう「欧州グリーンディール」にある。

10年間で1兆ユーロ以上の投資をめざすこの最優先施策において、建物のエネルギー効率の改善、つまり冷暖房効率を上げることが重要とされている。その実現のためには建物の断熱方式を最新のものに変更しなくてはならない。その結果、石綿禁止前の建物を中心に約2億2000万棟が改修・解体される見通しとなっているためだ。

これを放置すれば、将来的に建設労働者の石綿による健康被害も増加してしまう。場合によっては建物の周辺などにおけるばく露も増えて、一般住民の被害も増えかねない。

EU委員会は2022年9月、建設労働者が石綿にさらされるリスクが高まる状況を減らすため、
(1)石綿のない未来に向けて、石綿に起因する疾患の診断と治療の改善や、石綿の(調査・分析などによる)特定と安全な除去、廃棄物処理まで包括的な方法で取り組むこと
(2)職業ばく露限界を大幅に引き下げることにより労働者の保護を改善するため職場での石綿指令(Directive2009/148/EC)の改正
──の2つを提案した。

今回の理事会と議会の暫定合意はこれを受けたものだ。

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