◆一見「現在の10分の1」だが

EU理事会による6月27日の発表によれば、今回の暫定合意では新たな規則において、労働者が業務で石綿にさらされる際の最大値である8時間加重平均の「ばく露限界」を現在の1立方センチメートルあたり0.1(繊維)本から同0.01本に引き下げる。額面どおり受け取れば、労働者の石綿ばく露を10分の1に減らすということだ。

だが、実際には違う。

というのも、これは石綿濃度を測定する際に光学顕微鏡より細い繊維まで調べることができる「電子顕微鏡(EM)」を使用した場合の基準なのだ。従来どおり、光学顕微鏡「位相差顕微鏡(PCM)」を使用する場合のばく露限界は同0.002本。じつに現在の50分の1である。

裏返せば、電子顕微鏡の使用は実質的にそれだけ違いがあるということだ。

電子顕微鏡には走査電子顕微鏡(SEM)と透過電子顕微鏡(TEM)があるが、そのどちらを使用するかの指定はない。これはおそらく空気中の石綿濃度測定にドイツではSEM、フランスではTEMが使用されていることが念頭にあるのだろう。

最大400倍のPCMに比べ、通常1000~2000倍のうえ、繊維が石綿かどうか調べる際には1万~5万倍程度まで倍率を上げて観察するSEMやTEMではPCMでは見えない細い石綿繊維も計数できる。そのため今回の暫定合意で示された同0.01本への引き下げは、単に基準を10分の1に引き下げただけにとどまらない。空気中の石綿繊維測定におけるPCMとSEMやTEMの分析結果について国際的に合意された換算計数はないが、PCMを使用する場合のばく露限界が同0.002本とされたことから、EUはおそらく便宜上、その違いを5倍(EM/PCM)と評価していることになる。いずれの手法による分析にせよ、実質的に50分の1に石綿ばく露を減らす意欲的な取り組みといえよう。

ほかにも重要な規制強化がある。

建物などの解体または石綿除去作業を実施しようとする事業者は国の許可を取得することを求める事業者の「許認可制」導入を義務づける。これまでは石綿除去において労働者保護のため「すべての予防措置を熟知する事業者によって行われることを確実にすること」などと規定されていたが、許認可制まで明記されていなかった。

また禁止前に建てられた建物などの解体や保守作業の前に、雇用主が石綿を含む可能性のある材料を特定するための措置(調査・分析など)を講じなければならないとも規定する。さらに加盟国に対し、医学的に診断された石綿関連職業病のすべての症例を記録する義務も設ける。

今後、加盟国の駐EU大使は議会との合意を得るよう求められる。その後修正石綿指令は理事会会合で閣僚によって採択される予定という。採択されれば、加盟国は新たなばく露限界「1立方センチメートルあたり0.01本」の導入までに2年の猶予が与えられる。ただし、電子顕微鏡による測定の導入までは6年の猶予とされる。つまり、従来どおりPCMの使用であれば「1立方センチメートルあたり0.002本」との基準を採択後2年で導入しなくてはならない。

2022年9月のEU委員会の提案では、作業における石綿ばく露を単にばく露限界以下とするだけでなく「技術的に可能な限り低い水準まで減少させる」ことや、石綿の特定(調査・分析)のために「必要なすべての措置を講じる」ことなど重要な規定がいくつもあったのだが、理事会と委員会の発表資料には記載がなかった。それらが今回の暫定合意に含まれているかどうか理事会の広報担当に問い合わせており、詳細が判明したところで改めてお伝えしたい。

 

 

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