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5. 食糧支援を有効なものにするために
この記事の冒頭、北朝鮮政府が国際社会に懸命に食糧支援を要請していることに触れた。支援食糧が入ったら、北朝鮮政府は「優先配給対象」から配りたいと考えるだろう。そうなると配給制度から切り離されている協同農場員世帯と配給途絶グループの民衆(合計で推定人口の約八割)には、海外から支援食糧が入ってもすぐには大きな助けにならない。

ただ、前述したように、援助食糧もある程度の量が横流しされて、いずれ市場に並ぶ可能性が高い。そうすると、市場価格が少し下がって、庶民は幾分負担が減る。その意味で、支援の効果があると言えるかもしれない。

もちろん、「優先配給対象」の多くも庶民である。今飢えている一般兵士の多くも「民衆の息子たち」に違いない。彼らも食糧を切実に望んでいるだろうが、政権の財政力では支えられない数の「優先配給対象」を抱えていること自体に無理があるのだから、この人たちを市場活動ができる環境に送り出し、食糧へのアクセスを容易にすることが、飢餓緩和に一番簡単で有効な方法であろう。軍人数を大幅削減し、現在は厳禁されている成人男子の商行為を認めるのだ。

国際社会が考える「優先支援対象」は、もっとも困難な人たちである。それは政権による収奪に喘ぐ農民たちであり、ジャンマダンで日銭を稼いでなんとか延命している人たち、そしてコチェビなど都市の弱者たちだ(階層や地域に関係なく乳幼児も優先されなければならない)。

国際社会と金正日政権とでは、優先順位のつけ方が大きく異なっているのだ。ここに、これまでの対北朝鮮食糧支援の一番の問題点があった。国際社会が考える「優先支援対象」を北朝鮮当局に受け入れさせ、限られた食糧が約束通り分配されるのか監視(モニタリング)することが重要だ。

また金正日政権は、不要不急の贅沢に資金を使うことを止めなければならない。「無駄遣い」の例を一つ。三月八日の朝鮮中央通信は、金正日総書記と金正恩氏、政権中枢の幹部多数が「ロシア二一世紀管弦楽団」と国内楽団の合同公演を鑑賞したことを報じた。

金総書記が楽団の一行約一二〇人をモスクワに特別機を送って招待、その費用は数十万ドルを下らないと、韓国政府は見ている。これでは、国際社会に大量の援助を求めるのは、食糧輸入を減らして外貨を他に振り向けることが目的だととられても仕方がない。

現在、非常に大勢の北朝鮮の民衆が、食糧を手に入れることができないでいるのは確かだ。しかし、見てきたとおり市場にはコメの山がある。その前を飢えたコチェビが徘徊し、小商いでその日暮らしをしている庶民がお金が足りなくて粥をすすっている。

問題はどこにあるのか。民衆は食糧が絶対的に足りなくて飢えているのではなく、現金を入手する手段が乏しくて食糧にアクセスできず飢えているのである。

最後に、一九九八年にノーベル経済学賞を受賞したインドの経済学者アマルティア・センが名著『貧困と飢饉』(黒崎卓・山崎幸治訳、岩波書店、二〇〇〇年)に書いた言葉で、この章を結びたい。
「厳しい飢餓が発生し続けていることは、民主的政治が制度としても実践としても欠如していることと密接に関連している」。
(おわり)

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