Yoi Tateiwa(ジャーナリスト)
【連載開始にあたって  編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した Yoi Tateiwa氏の報告を連載する。

------------------------------------------------------------------------

はじめに
新聞が売れずに新聞社の倒産が相次いでいる。ネットワーク(アメリカの民放大手)もニュース部門の縮小を迫られており、テレビはドラマやトークショー、ニュースと言えばセレブのスキャンダルばかり流している。2008年9月のリーマンショック以後、こうした話が海の向こうから届き始めた。アメリカのジャーナリストが書いた「新聞が消える」などといったタイトルの本も書店に並んだ。

それは、ショッキングな話として伝わったが、一方で、その実態は漠としていて実態の見えにくいものだった。同時に、冷めた見方もあった。インターネットが新たな情報の伝達手段として広まる中で、紙媒体である新聞や巨大な装置産業であるテレビにかつての勢いが無くなるのは当然だといった声だ。確かに従来は新聞やテレビが伝えないと人々に伝わらない情報は、今はインターネットによって直接人々に届くようになっている。

一方で、インターネットはそれ自体が流すべき情報を発掘しているわけではないことも間違いない。既存のメディアが衰退するということは、それらが果たしてきたニュースを掘り下げるという機能の喪失も意味する。記者やディレクターなどが自分で探し求めて記事や番組にして世に問うてきた機能、つまり調査報道の機能の喪失だ。

かつてアメリカのメディアは、その調査報道によってジャーナリズムの中で輝きを放ち続けた。ベトナム戦争についての政府の機密文書の暴露をめぐって全米が揺れたニューヨークタイムズのペンタゴンペーパー報道、大統領を失脚させたワシントン・ポストのウォーターゲート事件報道、ベトナム戦争の本質を暴いたフリーランス・ジャーナリスト、シーモン・ハーシュのミライ虐殺事件(My Lai Massacre)報道。

そうした調査報道の数々は、日本のみならず各国でジャーナリズムの手本として今も語り継がれている。
アメリカで起きているとされる新聞やテレビの窮状は、実際のところどうなのか。それは、かつて世界のジャーナリズムが見習ったアメリカの調査報道にどのような影響を与えているのか。

2010年夏、私はアメリカに飛んだ。そして1年間、アメリカのジャーナリズムの現場を可能な限り歩いた。そこで私が見たものは、窮状と言って良い状況だった。しかし、それが全てではなかった。同時に、アメリカジャーナリズムの底力も見る事ができた。この連載のタイトルは「アメリカ調査報道最前線報告」。日本で語られていない最新事情を報告する。

------------------------------------------------------------------------

第1節  ウィッキーリークスと調査報道 (1)

ウィッキーリークスの衝撃

アメリカの調査報道について書く前に、触れておかねばならない話が有る。ウィッキーリークス(WikiLeaks 以後、WL)だ。アメリカ軍の下級士官が25万にも及ぶ大量の公電を持ち出し、それがWLを通じて段階的にネットを通じて流出したとされる。その規模は過去に例を見ない。代表のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)が身柄を拘束された後も公電の流出は止まらない。

このWLをどう見るかは、今、アメリカのジャーナリストの中で大きな議論となっている。なぜか?それは、WLが自分達が最も価値を置く調査報道と違うのかという問いであり、それは、ひいては調査報道とは何かという根源的な問いにつながるからだ。WLは調査報道と違うのか?仮に違うとすれば何が違うのか?WLは肯定されるべきなのか。そもそもWLはジャーナリズムなのか?議論は際限無く続いており、答えを見つけ出せずに今も議論は続いている。

有力シンクタンクが開いたセミナー
2010年の12月14日、有力なシンクタンクとして日本の外交関係者にもよく知られるCSIS(Center for Strategic and International Studies)が開いたセミナーはアメリカのエリート達がWLをどう見たら良いのかを如実に語っていると言って良い。「WikiLeaks: Impact on Public Policy and Journalism」。元国防副長官で現在CSISの代表を務めるジョン・ハマー(John J. Hamre)自らがパネラーを務めるという力の入れようだった。

外交問題に強い保守系の有力シンクタンクが開いただけに、会場は各国の大使館関係者、議会関係者、ジャーナリストで埋まった。
司会はCBSニュースのベテラン記者で日曜日の政治討論組「Face the Nation」でアンカーを務めるボブ・シーファー(Bob Schieffer)。パネリストは、ワシントンポストの副エディターのカレン・ディヤング(Karen DeYoung)、ニューヨークタイムズの安全保障担当記者のスコット・シェーン(Scott Shane)。2人とも、WLの記事を担当したという。

WLから公電の内容を事前に提供されていたアメリカのメディアは、ニューヨークタイムズだけだった。スコット・シェーンが当時の状況を話した。
「イギリスのガーディアン、フランスのル・モンド、それにドイツのシュピーゲルらとともに情報がもたらされた。我々よりもヨーロッパのメディアの方が提供された内容は多いのではないかと思う。我々は、その内容を精査し、国務省に協力を求めた」
国務省に協力を求めた?あのニューヨークタイムズが?その赤裸々な告白に、私は心拍数が高まるのを感じた。

記事一覧   連載・第2回>>>

★新着記事