Yoi Tateiwa(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって  編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した Yoi Tateiwa氏の報告を連載する。

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第1節 ウィッキーリークスと調査報道(6)
◆ 資金提供者 デビッド・ローガン

ここで、このローガン・シンポジウム(Reva and David Logan Investigative Reporting Symposium)とその実行責任者であるロウ・バーグマン(Lowell Bergman)について説明しておきたい。

Rava And David Logan Investigative Reporting Symposium(ラヴァ&デイヴィッド・ローガン調査報道シンポジウム) で司会をするロウ・バーグマン / 2011年 UCバークレーにて

Rava And David Logan Investigative Reporting Symposium(ラヴァ&デイヴィッド・ローガン調査報道シンポジウム) で司会をするロウ・バーグマン / 2011年 UCバークレーにて

バーグマンが映画「インサイダー(The Insider)」で描かれたことは、既に述べた。
アメリカのテレビ局「CBS」の調査報道番組「60ミニッツ」のプロデューサーだったバーグマンは、タバコ会社の元重役と知り合う。彼はタバコ会社が製品の常習性を認識しつつ更に常習性を高める為の製品作りをしていると証言。バーグマンはそれをインタビューで撮る。

ところが、タバコ会社からの訴訟を恐れた「CBS」幹部は、そのインタビューの使用を許可しない。そのうちタバコ会社から元重役への嫌がらせが始まる。取材協力者である元重役を救い、タバコ会社の実態を暴く為、バーグマンは経緯の全てをライバルであるニューヨーク・タイムズに話す。

ニューヨーク・タイムズは一面と社説で「CBS」を批判。「CBS」は判断の誤りを認めてインタビューを放送。この放送が後のタバコによる健康被害の訴訟につながったと言われるほどの衝撃を全米に与えることになる。

映画特有のドラマチックな作りとなっているが、大筋はその通りだとバーグマンは私に語った。映画の最後に触れられるが、バーグマンはこのインタビューの放送の後に「CBS」を辞める。そしてカリフォルニアのバークレイに戻ったバーグマンは、公共放送PBSの契約記者となると同時に、UCバークレイのジャーナリズム大学院で講師を始める。

バーグマンは私に、UCバークレイでの講師は無報酬だったと話した。しかし彼にはメリットが有った。自分の調査報道の為に大学院生を助手として使えたのだ。それは後にUCバークレイ公認の活動「調査報道プラグラム(Investigative Reporting Program)」となり、今ではPBSの調査報道番組「Frontline」に欠くことのできない取材グループとなるのだが、取材費が潤沢に使える状況ではない。

バーグマンの報酬は、PBSの契約記者としてのものしかない。無報酬で大学院生を使えると言っても限度は有る。
契約記者であるバーグマンに求められているのは調査報道で成果を出すことだ。それには取材費が必要だ。何とかならないだろうか。そう考えていたバーグマンに、知人から、「ある人物が君に興味を持っている。会ってみないか?」との誘いが入った。
「俺に会いたいって?ネタでも持っているのか?」
「否、ネタの提供はない」
「それでは会う意味は無いだろう」
「しかし金は持っている」
「・・・」
「金を出すかどうかはわからないが、会ってみる価値は有るのではないか?」
「それはそうだな・・・」
その人物がデビッド・ローガン(David Logan)だった。バーグマンは直ぐに彼について調べた。彼が資産家であること。そしてリトアニアからの移民であること。

そしてバークレイのダウンタウンにあるレストランで、ローガンと知人、それにバーグマンの助手の4人でランチをとった。
「あんたのやっていることには、何の意味が有るんだ?」

席に着いて互いの簡単な自己紹介が終わるや、ローガンは挑発的な質問を投げかけてきた。その時の様子についてバーグマンは次の様に話している。
「兎に角、嫌みな爺さんといった感じだった。『あんたのやっていることには何の意味が有るのか?』『そんなことで世の中が変わると思っているのか?』『調査報道ってぇのは、自己満足じゃないのか?』とね。俺はいったいここで何をしているのかと、自分がバカに思えてきた。それでね、言ってやったんだよ」
「あなたの名前はローガンじゃない。でしょ?」

ローガンは顔色を変えずにバーグマンを見て、「そうだ」と話した。
「じゃぁ、あんたの本当の名前は?」

今度はバーグマンが責め立てる番だ。バーグマンは目の前の「爺さん」の顔色をうかがった。
「ロザンスキーだ」
ロザンスキーはリトアニアのユダヤ人の名前だ。実はバーグマンもユダヤ人だ。彼は、イーディッシュ(中欧・東欧系のユダヤ人の間で話される言語。中高ドイツ語方言にスラブ語(特にポーランド語)・ヘブライ語などが混じって生まれたもので、ヘブライ文字で表記する。ユダヤ人ドイツ語。/ 大辞林より)を解する。イーディッシュでは、リトアニア出身のユダヤ人をリトファックと呼ぶ。意味するところは、「ずる賢い」。
「つまり、あんたは、リトファックなんだろ?」とバーグマン。相手の顔をのぞき込んだ。

知人は色をなしたが、当のローガンは笑い出した。そして「そうだ」と答えて次の様に尋ねたという。
「この食事はお前さんに、いくらくらいの価値が有るんだ?」

バーグマンは、「どうかな、5000ドルくらいかな」と応じた。
その食事から何日か後、UCバークレイからバーグマンに電話が入った。
「ローガンという方から小切手が届いていて、これで調査報道の講座を作るように書かれているんです」
「そうですか。それで?」
「その教授にあなたを就けることを条件としています」
「で、UCバークレイの判断は?」
「あなたが受けてくれるなら、我々は問題ないと考えています。どうですか?」

バーグマンは当然、それを受けた。ローガンが送ってきた小切手は、150万ドル。当時の金額で1億5000万円だ。その資金でUCバークレイに調査報道の講座を作り、その教授にロウ・バーグマンをつける。しかし、ローガンの条件にはもう1つ有った。それがこのシンポジウムだった。バークレイに全米のジャーナリズム関係者を年に1度招いて調査報道について議論を尽くすこと。

私が取材したシンポジウムには、この年(2011年)の1月に93歳で死去した為、もうローガンの姿は無かった。しかし息子で、現在、シンポジウムの実行委員を務めるジョン・ローガン(Jon Logan)の姿は有った。私は彼に、なぜ事業家であるローガン一族がジャーナリズム、それも調査報道を支援するのか尋ねてみた。

「父親は、世の中は常に揺らし続けないといけないと言っていた。社会は直ぐによどんでしまう。それでは社会は健全に動かないと父親は考えたんだ。調査報道は社会の表面に見えない問題を暴いて提示してくれる。我々も父親と同じ考えだ。特に、ロウ(バーグマン)の仕事には敬意を表している」

ジョン・ローガンの話では、父親のデビッド・ローガンはバーグマンをジャーナリストとして尊敬していたという。
資産家がジャーナリズムに敬意を表し、その為の資金の提供を申し出る。勿論、全ての資産家がそういう思いを持っているわけではない。しかし、アメリカのジャーナリズムを語る上で忘れてはならない部分であることは間違いない。

こうして始まったローガン・シンポジウムは私が参加した2011年に5回目を迎え、今、私の目の前で最もセンセーショナルなパネルディスカッションが開かれようとしている。
(つづく)
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