日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。撮影:金慧林
日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。撮影:金慧林

 

北朝鮮に生まれ、中国に脱出後、2005年に日本にやってきたリ・ハナさん。これまで暮らした3つの国で、「北朝鮮人である自分」にそれぞれ異なる思いを抱いてきた。東京生まれで東京育ちの在日コリアン3世、辛淑玉(シン・スゴ)さんがハナさんの話に耳を傾ける。人気連載の第5回目。(整理:アジアプレスネットワーク編集部)

◆私って何者?

ハナ:「私は何者なのだろう。何人だろう」とずっと考えていました。北朝鮮にいたときは、「帰国者」、「思想が違う」などと、いろんなことを言われました。私自身、家が豊かだというちょっとした優越感もあったのですが。精神的にはものすごく不安定というか、ちゃんとしたアイデンティティみたいなものがなくて...。

中国でもすごくつらかった。日本に来たら、今度は韓国のことまで関係してきます。どうしたらいいんだろう、私は何を自分の芯にして生きていけばいいのかって。そして、ミサイルが、核実験が、拉致が...。北朝鮮ってこんなに悪いことをしているのかと気付かされた。私は18年間忠誠を誓ってきた模範学生だったのに(笑)。あれだけがんばったのに、なんかもう、裏切られたというか、だまされたというのがすごくあったんですね。

辛:つらいよね。
ハナ:ここまで北朝鮮が悪く言われると、たぶん脱北者にもそういうイメージを持たれるんだろうなっていうのがあって、なかなか自分から「脱北者です」、「北朝鮮から来ました」って言えなくなってしまいました。
北朝鮮のニュースが出ると、テレビを消したり、チャンネル回したり、聞いていないふりをしようとしました。最初の頃は、「核実験やりました」とニュースに出たときには、今日はちょっと外に出たくないなぁ、人に会いたくないなぁと思いました。本当に最近になるまで、北朝鮮という影から逃げられないというか...。

辛:そうだね。そこで生活したのも、あなたの一部だからね。
ハナ:それも私の18年間なので、それを否定すると、人生の半分否定することになってしまう。だからそういうことも含めて、自分のことをちゃんと考えなくてはいけないなぁと。ニュースも積極的に聞いたり、見たり。今までは自分からなかなか「脱北者」って言えなかったし、「脱北者」っていう言葉自体、自分から使えなかったんですけど、これからは自分でもいいイメージに変えていけるように使っていこう、ちょっとずつ向き合っていこうと、最近は変わってきたんです。

辛:私はね、できるだけ「移住者」という言い方をしているの。北朝鮮からの移住者。
じゃあ、ハナの「コヒャン(ふるさと)」はそうすると済州島だ。
ハナ:祖父母が済州島です。

辛:祖父母が日本に渡って、それでお父さんは長崎で生まれて、お母さんは大阪で生まれて...。
ハナ:父方はそう聞いています。母方はなぜ日本に来たのかということは聞いていないんです。両親は向こうへ行ってからお見合い結婚をして、私と弟が生まれたんですけど。

辛:本当に近代史だな。ここからこう来て、こう回って、こう来るといった。
ハナ:さらに私は中国に行って、そこで5年間暮らしていました。

辛:中国語はどう?
ハナ:中国語ですか?少しは...。
辛:あと英語が出来たらパーフェクトなんだけどね。
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