◆「半分以上は徴兵された兵士」

夜の基地は不気味なほど静かだ。地面を踏む小さな靴音さえ、耳に響く。寝室の窓辺から外を見渡すと、月の光だけがぼうっと辺りを照らしていた。国軍に場所を特定されないよう、電灯はつけられていない。

21時頃、一台の車が基地の敷地内に入り、エンジンを停止させた。「来たか、ついてこい」。ケビンが横になっていた身体を起こし、玄関へ歩を進めた。近隣の部隊が国軍兵士を捕虜にしたという。

暗がりから、数名の兵士に囲まれた一人の男が現れた。膝に穴が空いたズボンを履き、砂で汚れたゴム草履を引きずりながら歩いていた。両手首は腰のあたりで固く縛られている。

兵士たちは8畳ほどある居間の中央に男を座らせ、縛った手錠をほどき始めた。基地の中で待ち構えていた兵士たちも集まり、スマートフォンの光で辺りを照らした。しわのない肌とあどけなさが残る男性の顔があらわになる。20代の若者だ。

司令官が煙草を吸いながら「どこから来た?武器はどうした?」と捕虜に質問を浴びせた。周りの兵士たちは警戒を緩めず、銃を背負ったままだ。

「武器は国軍の拠点に置いてきました。銃の携帯を許可されるのは任務のときだけです」

大きく目を開き、真っ直ぐに司令官を見つめる男。怯えた様子もなく、「敵」に拘束されているという切迫感は感じられない。司令官も、「大丈夫。ここで暴力を振るわれることはないよ」と優しく語りかけた。

だが、司令官の横でしゃがみ込む兵士の猜疑心は強い。下から覗き上げるようにして男をにらみつけ、厳しい口調で詰問した。

「正直に、正確に話すんだ」

男は兵士の気迫に萎縮したのか、大きく頷きながら「は、はい」と声を震わせた。張り詰めた空気のなか、男は国軍の兵力、基地や地雷の場所など、知りうる限りの情報を吐いた。

「国軍は養鶏場を拠点にしていて、地雷原は切り株を目印にしています。前線にいる約130人の国軍の兵士のうち、ざっと70〜80人は最近徴兵された人々です」

そばにいたケビンは、淡々と捕虜の供述を書き記していた。男の証言によれば、国軍は前線の兵力の半分以上を徴兵で補っているということだ。国軍の規律に綻びが生じ、弱体化しているのは間違いない。

兵士たちは尋問を終えると、菓子パンやカップ麺を差し出した。やはり緊張していたのか、男は初めて表情を緩め、噛みたばこで赤黒く染まった歯を見せた。

寝室に戻ったケビンが呟いた。

「彼は本物の兵士じゃないよ」

◆強制徴兵の末、解放区へ逃亡

「無事に解放区にたどりつき、安心しています」と語るアウン(2025年1月 撮影:新井国憲)

連行された捕虜の名はアウン(27)。国軍に徴兵を言い渡されたのは昨年4月頃。その後、3ヶ月ほどの訓練を経て、ミャンマー北西部からカレンニー州に配属された。国軍の管轄下では、前線の見張りやバンカー(前線基地)をつくる任務に従事していたという。

「抵抗勢力側に逃げても無駄だ。敵(抵抗勢力)に殺されるぞ」

国軍の上官からはそう脅されていたものの、「どうしても国軍に協力したくありませんでした」と、アウンは解放区に逃げる決意をした。

「脱走しようとしていたのは私だけではありません。クーデター前から国軍に仕えていた兵士でさえ、抵抗勢力に寝返ることを画策していました」

部隊の中には他にも徴兵された人が大勢いた。だが、誰も信頼できない。別の地域で抵抗勢力の兵士になった弟に「州内の抵抗勢力に『解放区へ逃亡する計画がある』と伝達してくれ」と連絡。逃亡成功後、解放区で身元を証明できるよう段取りをつけた。

アウンは「買い物に行く」と国軍の兵士に嘘をついて部隊を離れた。持ち出したのは、少額の金とスマートフォン、2切れのパンのみ。暗闇の中、川や野山を越え、ひたすら逃げた。地雷原をあらかじめ把握していたことも功を奏し、目標にしていた教会にたどり着いた。見晴らしの良い場所から辺りを一望すると、チカチカと点滅する懐中電灯の光が目に入った。抵抗勢力側の人間だ。

「助けてください!連絡を取れる組織はありますか。たった今、国軍から逃げてきたのです」

前線に捨てられていた国軍の軍服(2025年1月 撮影:新井国憲)

以前から国軍を嫌悪しながらも、両親を心配して抵抗勢力に参加しなかったというアウン。「今後も国軍に協力することはありません。徴兵から逃れるために、18歳以上の男性は今すぐ近くの抵抗勢力に参加すべきです」と話した。

カレンニー州(カヤー州)はミャンマー東部にあり、タイと国境を接している(地図作成:新井国憲)

【新井国憲(あらい・くにかず)】
1997年生まれ、福岡県出身。大学卒業後、2023年からフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。関心分野は紛争地、民族。現在はミャンマー内戦に焦点を当てて取材中。

ミャンマー内戦4年 解放区潜入1ヵ月 タイ国境・カレンニー州からの報告(1)日常化する空爆 到着直後に戦闘機が襲来

 

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