◆貿易遮断も追い打ちに…多くのトンチュが破綻

キム・ミョンオク氏は、「輸出通路が閉ざされたのも、トンチュには打撃だった」と話す。

「海辺に住むトンチュたちが数本(数万ドル)ずつ投資し、ホタテ貝の稚貝を中国から買って養殖をしていたのに、国境が塞がれました。輸出ができず、投資はパーです」

漁船を運営する「船主」だったカン・ギュリン氏は、「船主も国の防疫政策の犠牲になった」と話す。

「海辺では、木船は全部壊せと言われていました。でも、初期投資にものすごくお金がかかっているんです。船一隻に1万ドルですよ。だから、壊さずに3年間陸地に上げておいたのですが……。木船は、陸地においていると使い物にならなくなります。それで、船主たちもみんな潰れました。お金があるのが船主だったのに、全部水の泡になりました」

ちなみに、カン氏が「船一隻に1万ドル」かかるというのは、木船の原材料となる木の調達、加工、エンジンなど必要な設備の購入、組み立て、国から漁業権を得るための賄賂など、実際に漁業を開始できる状態にするまでの費用を指す。

同様に、国境封鎖により、密輸業者も全滅した。密輸業者がダメになると、関連する運送業、卸売業の「トンチュ」も相次いで倒れていった。

◆ 国家は「社会主義の旗」を掲げて商売

パンデミックによる市場の恐慌は、当局にとって金儲けのチャンスとなった。「トンチュ」が倒れた墓の上にストローを差し込み、その甘い蜜を吸ったのだ。反市場を叫ぶ金正恩政権が、市場の甘い汁を吸うという皮肉な構造が生まれた。

キム・ミョンオク氏は、国家が社会主義を標榜しながら、裏では資本主義の論理で動いているとし「個人のものを皆奪って、国家が商売している」と厳しく指摘する。

注目されるのはその方式だ。国家が特定の個人に営業権を与え、彼らから「税金」という形で利潤を吸い取るという仕組みを作っている。市場統制を維持しながら、同時に利潤も得ているのだ。

その具体的な方法について見てみよう。

◆ 「国営」商店の実体

需要を把握し、円滑な供給で利益を得ていた「トンチュ」が減ると、入れ替わるように「国営販売所」が増え始めた。「国営商店」、「国営薬局」、「糧穀販売所」などが、その代表例だ。パンデミック期間中、当局は、食糧と医薬品の個人販売を強く規制し、「国営販売所」を通じてのみ取引きするように措置を取った。

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こうした変化を、金正恩政権が計画経済に回帰する動きと見る見解も一部にある。しかし、2023年まで北朝鮮で暮らしていた3名への取材を通じて、「国営商店」の運営主体は、国により選ばれた個人らであり、運営方式は市場主義的であったことがわかった。

キム・チュンヨル氏は2022年頃から本格化した、国営の食糧専売店の「糧穀販売所」について、次のような見方を述べている。

「名前こそ『国営』だけれど、実際には個人が運営しています。運営者は、国から許可を受け、食糧販売権を持っています。そこから国が金を引き出すという構造です」

カン・ギュリン氏は、「国営」薬局も同じ方式だと証言する。

「結局、個人が投資し、『国営』の名を掲げる建物の中で販売をする仕組みです。国営薬局を運営するためには、国が投資しなければならないのに、(お金がなくて)できません。だから、お金のある個人が代わりに運営し、『国家』の看板を与えます。『あなたは国で承認した』という風に。代わりに、多額のお金を国に納めなければなりません」

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