政府は「抑止力向上」を唱えて、敵基地・敵国攻撃能力を持つ長射程ミサイルの配備など大軍拡と軍事費(防衛費)増額を進めてきた。しかし、そもそも抑止力は万能ではなく、政府もそれを前提に戦略を立てている。現に「安保3文書」の「国家防衛戦略」には、「万が一、抑止が破れ、我が国への侵攻」が起きた場合も想定して対処すると記されている。(吉田敏浩/写真はすべて筆者撮影)

◆国民・市民の犠牲を計算に入れた戦争準備

だから政府は、「抑止が破れ」て戦争が起きる事態を想定し、核兵器、爆発物(ミサイルなど)、生物・化学兵器、高高度での核爆発による電磁パルス攻撃などに耐えられるよう、自衛隊基地の「強靱化」のため、司令部の地下化、施設の壁の強化などを進めている。

この「強靱化」計画は日本全土の戦場化とその長期化を想定し、核戦争にまでも備えて、住民の被害をよそに自衛隊組織だけは生き残ろうとするものだ。国民・市民の流血と死、膨大な犠牲をあらかじめ計算に入れての戦争準備で、一種の棄民政策といえる。住民は見捨てられる。そもそも長射程ミサイルの配備などで抑止力が向上して戦争を防げるのなら、基地の「強靭化」など必要ないはずだ。

高市首相は今回の衆院選の結果を受けた2月9日の記者会見で、「ロシアのウクライナ侵略を教訓に、各国は無人機の大量運用を含む新しい戦い方、さらに一旦そういった事態が起きた場合に長期化する可能性が高いという想定のもと、長期戦への備えを急いでいます」と発言し、「安全保障政策を抜本的に強化」すると述べた。衆議院選挙の街頭演説でも、長期戦
に備えた「継戦能力」の強化を主張していた。

陸上自衛隊湯布院駐屯地に配備された12式地対艦誘導弾(ミサイル)の発射筒(2025年3月30日撮影)

「長期戦への備え」とは、抑止力が破れて長期の戦争になることを前提にしたものだ。「継戦能力」とは、組織的戦闘を長期に継続できる能力を指す。しかし、その「長期戦」のなかでどれほどの戦禍、破壊と流血と死の惨状が日本全土に現出するか、その悲惨な戦禍・被害にどう対処し、救済するのかについて、高市首相は語ろうとしない。

食糧もエネルギーも自給できず、貿易に依存する日本。海に囲まれ、ウクライナのように陸続きに他国へ避難もできず、国外から陸路での物資供給も受けられない国。戦争でインフラが破壊され、貿易・物流が途絶すれば経済も生活も成り立たず、生存できなくなる。海岸線に立ち並ぶ原発が攻撃され、破壊されたら破滅に瀕するリスクも抱える。

とても「長期戦」などできる国情ではないのは明らかだ。それでも「長期戦」を辞さないというのであれば、国民・市民はかつての戦争国策標語「欲しがりません勝つまでは」の状態を強いられ、破局を迎えることになる。

しかし、高市首相は「長期戦への備え」を繰り返すばかりで、予想される戦争被害と対処法、戦時の食糧・エネルギー・物資の供給の問題、原発の破壊リスクなどについて何もふれようとしない。

台湾有事による対中国戦を想定した大軍拡と戦争準備の背後に、民間人も戦火に巻き込み犠牲を強いる棄民政策と悪夢の戦争シナリオが揺らめく。「抑止力向上」を唱えながら、それと矛盾する「長期戦への備え」で暗に戦争の覚悟を国民に迫る政府の恐るべき思惑。

高市首相は衆院選後の2月9日の記者会見では、「長期戦への備え」を強調するばかりで、「抑止力向上」には言及しなかった。いつのまにか政府は戦争を大前提に軍拡路線を加速させようとしているのではないか。まさに戦争準備である。

政府は国民・市民に戦禍が及べば、「やむをえない犠牲」「尊い犠牲」だったと位置づけて正当化を図り、責任逃れをするだろう。

現在、戦争による民間人の被害に対する国家補償の制度はない。政府はアジア・太平洋戦争の空襲被害者など民間人被害について、「戦争という非常事態において国民は被害を等しく耐え忍ばなければならない」という「戦争被害受忍論」を主張し、国家補償を拒み続けている。ふたたび戦争被害が生じても同様の対応をするとみられる。

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