セン王の子孫たちは、コットのすぐ下にある集落に住んでいる。王族の子孫とはいえ、ほとんどが他の村人と変わらない農民である。年寄りを探して、何人かに話しを聞くが、ほとんどの人が自らの歴史について詳しい話を知らない。

初代の王はロルパの北西にあるジャジャルコットから来た"トゥタ・セン"という人だったということは皆知っているが、「王は何代続いたのですか」と聞くと、「トゥタ・センの1代かぎりだった」などと答える老人もいるほどである。彼らの家系図である"バンシャワリ"を持つ人も、この村にはいなかった。

ガジュルコット村。左手奥に見える丘の上に、かつてのセン王のダルバールがあった

私が探しているのは、ロルパの山岳地帯の先住民であるとされるモンゴル系のマガルの人たちの歴史である。しかし、マガルはバンシャワリも作らず、彼ら自身の口から歴史を聞くことが、いかに困難であるかを、ここ何年かの取材で経験してきた。

そのため、この地帯をかつて支配したタクリ(貴族カースト)王の歴史のなかからマガルに関する記述を探そうと思ったのだが、ガジュルコットの王族の歴史からは、なかなかマガルとの関係が出てこない。それどころか、セン王の子孫たちでさえ、自身の歴史を知らないのだ。

セン王のバンシャワリはガジュルコットを離れたあと、幸運にも、ある所で偶然出会った人から、そのコピーを見せてもらうことができた。バンシャワリには、歴代の16人の王の名前だけでなく、領地の境界の地名まで書いてあった。思いもかけない収穫だった。それを見ると、ガジュルコット王はかつて、北のタバン村から、南のマリ川まで、現在のロルパ郡の大半の地域を支配していたことがわかる。

ガジュルコット村は、私がこれまでに訪ねたロルパの村のなかで、最も豊かな村のように見えた。ほとんどの家にトイレがあり(ロルパの村では、まだトイレを持たない家がたくさんある)、庭先にはスンタラ(みかん)やバナナなどの果物の木が植えられ、栽培されている野菜も種類が多かった。土地の豊かさからも、かつてここに住んだ王が栄えていたことは想像できる。
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