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ロルパ郡ホレリに行く途中、ロルパ北部の山々とルクムの山々(奥の雪をかぶった)を望む。(撮影:2006・12 小倉清子)

ロルパ郡ホレリに行く途中、ロルパ北部の山々とルクムの山々(奥の雪をかぶった)を望む。(撮影:2006・12 小倉清子)

◆ 第21回 ルクムでの初日の襲撃(2)
襲撃はロルパの戦闘隊がホレリ警察詰め所の襲撃を始めた時よりも、少し遅い時刻に始まった。もっとも、ホレリとは異なり"交戦"にはならなかった。
警察詰め所の責任者の警官がライフルをもって郡庁所在地に行っており、残された警官たちは銃を持っていなかったのである。"丸腰"の警察官を前に、マオイストも銃を発砲することはなかった。

ロルパと同様に、ルクムでも警察官から銃を奪うという目的を達成することはできなかった。クランティら女性3人もバルワ・バンドゥクを持っていたが、警察詰め所を襲撃する本部隊ではなく、"捜索部隊"に加わるよう指示された。

近くにあるネパール会議派の支持者でマオイストの"敵"と見られている村人の家に行き、店の品物を川に捨てた。これが、ルクムの女性ゲリラの最初のアクションとなったのである。

ラシュミの部隊がピパルに戻ると、村人のあいだでは、彼らが2,3日のあいだどこに行っていたのか、盛んに噂が囁かれた。逮捕を恐れたクランティを含めた戦闘隊のメンバーは全員が家には戻らず、そのまま地下に潜行して活動をするようになった。

最初の襲撃から27日たった3月12日のことだった。ラシュミはたまたまプワン村のチプコラにある家に戻った。
その夜、見張りに立っていた地元のマオイストから「警察隊が来る」という知らせが入った。ラシュミはすぐに家を離れたが、実際に警察隊が来たのは翌朝のことだった。

警察隊はラシュミを探しに来たのだった。家にラシュミがいないことがわかると、警察はまだ寝ていたラシュミの父を連れ出して射殺した。父は党員ではなかった。
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