「いつも人民の中にいる指導者」を演出する絵画や写真が北朝鮮中にあふれている。現実には、ほとんどの北朝鮮の民衆は、指導者の姿を見たこともなければ声も聞いたことがない。(「太陽と青春」(1999年 金星青年出版社)より)

「いつも人民の中にいる指導者」を演出する絵画や写真が北朝鮮中にあふれている。現実には、ほとんどの北朝鮮の民衆は、指導者の姿を見たこともなければ声も聞いたことがない。(「太陽と青春」(1999年 金星青年出版社)より)

 

※お断り 金正恩氏の実母の名前を訂正します。これまで「高英姫」と表記してきましたが、訪朝した藤本健二氏が訪れた平壌の墓の碑銘が고영희ではなく 고용희であったなどのいくつかの情報から、「英」を使うことは考えられず、「高ヨンヒ」と訂正して表記します。(2016年7月7日)

二〇〇三年七月二八日付の英国の日刊紙ザ・タイムスは、「北朝鮮が八月二七日に予定していた朝鮮戦争停戦五〇周年記念の大型軍事パレードを突然中止した、その理由は、米国による金正日暗殺計画を憂慮したためだ」、と報じた。
この行事に招待されていた中国軍の朝鮮戦争参戦兵士たちには、平壌に到着してから行事中止が告げられたという。

同紙によれば、北朝鮮の官吏は、中止理由を「SARS(重症急性呼吸器症候群)に対する憂慮だ」と話したという。
だが二七日夕方には、約三万人の民間人を動員した慶祝舞踏会が平壌市で行われており、SARSを警戒して中止したとは考えにくい。
この頃を前後して、しばらくの間北朝鮮の官営メディアは、金正日総書記の動静の日時と随行員を明らかにしなくなった。

当時はイラク戦争が勃発して数か月。米国はサダム・フセインと並んで金総書記をならず者呼ばわりして緊張が高まっており、金総書記の暗殺を危惧して動静が伏せられているという指摘もあった。
朝鮮中央通信は八月一日になってはじめて、当時金総書記が人民軍第八二一部隊傘下「三大革命赤旗中隊」を視察して、哨兵たちの警戒任務と火力訓練を見守っていたと報じた。
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