ロルパ郡タバン村にあるマオイストのコミューンから見たジャルジャラ山(雪をかぶった山)。この山は人民戦争の象徴となった。(撮影:小倉清子)

ロルパ郡タバン村にあるマオイストのコミューンから見たジャルジャラ山(雪をかぶった山)。この山は人民戦争の象徴となった。(撮影:小倉清子)

 

nepal_maoist_B0200_001■ 第7回 村のクラブからコミュニストが生まれる(2)
ジャルジャラ青年クラブは村の子供たちや若者を集めてスポーツ大会を開いたり、歌や踊り、劇などを村人に見せる活動を行った。クラブのメンバーが歌う歌は「人が貧しいのは、金持ちが搾取をするからだ」などと、マルクス主義に基づく啓蒙歌が多かった。

アナンタの家にはクラブの"図書室"もあった。"図書室"といっても、テーブルと椅子があり読書ができる空間ではなく、それはアナンタの部屋にある戸棚のなかにあった。

共産主義思想に関する本からロシアや中国の小説まで、政党活動が禁じられていたパンチャーヤト時代には、持っていることがわかっただけで官憲に逮捕されるような類の本である。戸棚には常に鍵がかけられ、貸し出すときには本のタイトルがわからないように、カバーがかけられていた。
この図書室の本のなかに、とりわけウシャの心を捉えた本があった。

『輝く赤い星』というタイトルの子供向けの小説である。中国で貧しい少年がさまざなま苦境を乗り越えて、赤軍のゲリラ兵士となり、後に指揮官となる話だった。

中国の女性が訓練を受けてゲリラになる『タオチンの物語』という本を読んだときには、ウシャも女性ゲリラになりたいとあこがれ、インドで空手を習ってきた叔父に空手や柔道の手ほどきを受けるようになった。

このとき、ウシャは14歳だった。「毛沢東」や「チャイナ(中国)」という言葉を知ったのも、クラブでの活動を通じてだった。子供ながらも、「毛沢東は偉い人だ」とか、「中国には貧しい人はいない」という話に感心したものだった。
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