タバン村トゥーロガウンで大麻の繊維を繰る女性たち。ロルパ郡北部の女性たちにとって、大麻の繊維は大切な収入源である。(2006年3月 撮影 小倉清子)

タバン村トゥーロガウンで大麻の繊維を繰る女性たち。ロルパ郡北部の女性たちにとって、大麻の繊維は大切な収入源である。(2006年3月 撮影 小倉清子)

 

nepal_maoist_B0200_001◆ 第31回 タバン村の女性ミリシア(義勇軍)部隊(1)
2003年に最初にタバンを訪ねたとき、着いてすぐに入った食堂"ハムロ・サハカリ・ホテル(私たちの協同組合食堂)"は、その後タバンを訪問した際、何度か私の宿となった。食堂の2階には2部屋あった。

2006年3月にタバン村を訪ねたとき、右側の部屋には男性の長期滞在者が宿泊し、左側の小さい部屋には食堂のスタッフである女性2人が住んでいた。タバンに滞在中、私は彼女たちとともにこの部屋に泊まることになったのである。2人のうち、若いほうの女性が"チャハナ"ことラシ・ガルティ・マガールだった。

このとき私がロルパを訪ねた目的は、人民解放軍の副指揮官である"パサン"にインタビューをすることだった。
ロルパに着いてすぐに会ったマオイストのリーダーは、タバン村に行って待つよう指示をだした。パサンとの会見のアレンジができるまで、私はタバン村で1週間待つことになるのだが、その間、さまざまなマオイストと話をする機会を得た。

3年前に初めてタバン村を訪ねたときとは異なり、私はすでにロルパを何度も訪ねて、地元のマオイストやリーダーたちと大勢知り合いになっていた。そのため、最初のときのように冷遇されることはなく、リクエストをすれば、どのレベルのマオイストとも会うことができた。

食堂で働くチャハナともいろいろな話をした。30代後半のチャハナは、日焼けした顔の丸い目が特徴的な女性だった。いつも笑っているような明るい顔をしており、私にいろいろな質問をしてきた。夜、彼女の仕事が終わり、2階の部屋に上がってきてから、土間に横になってさまざまな話をした。

彼女は一度結婚した経験があるが、夫とは別れて今は一人身だと話した。最初にこの食堂に来たときに会った老女のマオイスト"チュノウティ"のことを聞いたのも彼女からだった。

ある晩には、チャハナは分厚いアルバムを取り出してきて、タバン村の南にそびえるジャルジャラ山に登ったときのことを話した。さまざまな色の花に覆われた山頂がいかにきれいだったかを、チャハナは素朴な感動を露わにして話した。

毎日のようにおしゃべりをしたにもかかわらず、チャハナが私に一つだけ話さなかったことがあった。それは、彼女がかつてタバン村で結成された女性ミリシアのメンバーだったことである。チャハナが女性ゲリラだったことを知ったのはマオイストの紛争が終わり、和平プロセスに入ってから3年近くたった2009年1月のことだった。
(つづく)


【連載】 ネパール マオイスト・女性ゲリラたちの肖像

<<<連載・第30回   記事一覧   連載・第32回>>>