東京、大阪の空襲被災者に同行し、2月11日から8日間、ドイツの空襲被災都市を訪れた。第2次大戦、ナチス・ドイツによる加害の反面、米英軍の無差別空爆でドレスデン、ベルリンは廃墟となり、ハンブルクでは3万5000人もの市民が犠牲になった。空襲を生き抜いた体験者たちが言葉を越え、国境を越えて、空からの虐殺を繰り返さないことを誓い合った。

関西空港からドイツ・フランクフルト空港まで12時間。空港で東京組と合流したあと、国内便に乗り換えてさらに1時間、最初の訪問地・ドレスデンに着いた。街は一面真っ白で、氷点下の世界だった。

ドレスデンはドイツ東部・ザクセン州の州都で、人口50万人ほど。戦後は東ドイツ領となり、ライプツィヒと並ぶ工業都市として発展、統一後は観光都市としても賑わっていた。 街は「エルベの誓い」で名高いエルベ川を挟み、南北に分かれている。南側の旧市街地のエルベ川沿いにはバロック様式の壮麗な宮殿や大聖堂が立ち並んでいる。

空襲で破壊された「聖母教会」は戦後、その残骸をさらしていたが、ガレキから掘り起こされた石材を活用して2005年に修復された。焼けた黒色と新しい白色の石材がモザイク模様を描き出している。

かつて「エルベ川のフィレンツェ」と呼ばれた古都・ドレスデンが英米軍によって空爆されたのは1945年2月13日から14日にかけての両日だった。避難民が流入し、当時の人口は80万人を超えていたという。

13日夜からの英軍の2波による無差別爆撃と、翌14日の米軍の爆撃で市街地の8割近くが廃墟となり、2万5000人が亡くなったと言われている。ドレスデンには重要な軍事施設もなく、ナチス・ドイツが降伏する3カ月前だったこともあり、無意味な市民虐殺として「ドイツのヒロシマ」とも形容されている。

今回のツアーを企画したのは、東京で空襲被害者の支援を行っている市民グループ「和・ピースリング」(代表・山本唯人さん)。昨年2月、ドレスデンで日本とドイツの空襲被害者の写真展が開かれたのをきっかけに交流を求める声が現地から上がり、日本の空襲体験者や研究者らによる訪問が実現した。

訪問団長は大阪大学大学院准教授の木戸衛一さん。作家の故・小田実さんが設立した「日独平和フォーラム」の事務局長で、「大阪空襲訴訟」の呼びかけ人ということもあり、原告団代表世話人の安野輝子さん(72)をはじめ、「支える会」の3人も参加した。
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