なぜマオイスト(毛沢東主義者)は武装闘争を行っているのか。90年代より、ネパール政治を記録してきた小倉清子が彼らの根拠地を訪れた。
◆数年ぶりに開かれた祭り

(写真右:ジャナバディ・メラで伝統的な楽器で“ジャリ”と呼ばれる鉄製のシンバルを打つ老人)
 コルチャバン村ハンニンで開かれた“ジャナバディ・メラ(コミュニスト祭り)”を訪れてみて、私は自分が非常に幸運であったことに気がついた。ロルパのマガル族はもともと、ネパール最大の祭りのダサイン祭やプルニマ(満月)の日など祭りのたびに、こうして村人が集まっては伝統的な踊りを踊ったり、男女がそれぞれのグループに分かれて“ドホロ・ギート”を歌い競ったりしていた。“メラ”は彼らの文化継承の場でもあったわけだ。

ところが、1996年2月にマオイストが人民戦争を始めると、こうした“メラ”は次第に減っていき、数年前からはまったく開かれていなかったというのである。それは、マオイストが村から宗教的な行事を排除したからでもあった。マオイストはなぜ、今になって“メラ”を再開したのか。この地域で初めてジャナバディ・メラを開いた目的について、マオイストの“サンバト”はこう話した。

(写真右:“マーダル”と呼ばれる太鼓を鳴らす村人)
 「人民戦争が始まってから、“プザ(神に捧げる儀式)”などの宗教的なネガティブな面は村人に止めさせた。しかし、古くから引き継がれてきた文化のポジティブな面は残したほうがいいと考えて、こうした“メラ”を開くことにしたのだ」
 マオイストは毎年2月半ばに、人民戦争を開始した記念日を祝って、集会やスポーツ大会を開いてきたが、一般の村人のために、こうした祭りを開くのは初めてだという。ロルパがマオイストの本拠地となった背景を考えるとき、この土地の先住民族であるマガル族の歴史や文化は重要な意味をもつ。私は、彼らの伝統文化を、マオイストの支配下にある現在のロルパで、まさか目にすることができるとは予測もしていなかった。( 6へ 続きを読む>>

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