「こういう人たちが今『教養所』にいるといって私に提議書を送ってきた。早急にこの件について再調査しろ!」
しかし、将軍様が指示を出した検閲担当者は他でもないXの一味だった。
彼らは再調査しろという将軍様の命令に慌てた。自分たちの報告書と将軍様の聞いたテープの内容が合わなければ、汚点が残るどころか、自分たちは完全に終わりだったからである。

彼らは懐柔策に出た。管理所へやって来て「一号申訴」者たちを集めてこう言った。
「あんたたちは間もなく全員釈放されることになった。そのため、われわれは『方針』を受け再調査に来た。あと十日もすれば平壌へ戻れる」
「一号申訴」者たちは彼らの甘言にまんまと乗せられてしまった。「申訴」が「成功」したことに気をよくして警戒心を緩めてしまったのである。最後まで気を抜いてはいけなかったのだが、「平壌に戻れる」という言葉にすっかり浮かれてしまった。将軍様に報告が伝わったからもう大丈夫だと考えてしまったのだ。

それが決定的なミスだった。気を抜いた隙を突いて、検閲員らの策略に拍車がかかった。「一号申訴」者たちは「申訴」用のテープを二つ作り、一つは自分達が保管し、もう一つを将軍様に送ったのだが、これを察した検閲員らは、「あんたたちの持っている、その録音テープとやらを見せてくれないか」と丸め込みにかかった。

もちろん最初は見せなかったという。しかし、狡猾極まりない検閲員らは「一号申訴」者たちが将軍様の配慮により、全員解放されて家族と共に平壌に戻ることになったという噂を「管理所」中に流したのである。
明日には平壌に戻ることになる、所内がそんな噂で持ちきりになると、家族の者たちも本当に戻れることになったのだと考え始めた。
「明日には平壌に戻れるぞ。無実が証明されたんだ」
申訴者たちは、あまりの嬉しさに、餅をついたり、犬を潰して食べたりと、すっかり浮き足立っていた。こういうふうに「もう大丈夫だ」とその気にさせたところでもう一度、検閲員はこう言った。

「どうだい? あんたたちの持っている例のカセットテープをちょっと見せてくれよ」
いくら甘い言葉で擦り寄られ口説かれたとしても、あのテープだけは死んでも渡してはいけなかった。このご時勢、将軍様の指示を受けて検閲にくる連中に、悪者でない奴なんているわけないというのに。
だが、すっかり気が緩んでしまった彼らは、命と同じぐらいに大切なテープを、ついに渡してしまったのだ。
(つづく)

注1 「烽火総局」 特権機関専属の外貨調達ビジネス機関である。
注2 一号申訴 金日成、金正日に直接訴えるための上申書。法より党の唯一思想体系が優位である北朝鮮では、裁判所に上訴するよりも首領や将軍に直訴するほうが効果的であるというのが社会的に常識となっている。
注3 朝鮮労働党中央委員会の基幹部署は組織指導部である。その組織部内に傘下部門を担当、指導する部署がある。
注4 組織指導部行政課は裁判、検察、警察等の部門に対する党としての指導を担っている。

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