この事実は、この時逮捕送還されたものの、年寄りだということで数週間の取り調べで釈放されたおばあさんが、再び中国に逃げ出して来て明らかになった。残った一家は大いに動揺した。隠れ家が北朝鮮当局に発覚するかもしれないし、北朝鮮に送還される事態になれば、自分たちも政治犯に貶められるのは間違いない。また、一家はほとんど外出もできず、将来の見通しが立たない中国での隠遁生活にも疲れ果てていた。結局、一家のうち十人が韓国行きを目指し行動を起こすことを決心した。

キルス一家は文氏と激論を重ねて北京のUNHCR事務所に侵入し、公開的に難民地位認定と韓国行きを求めて籠城することを計画した。そして私は、「突入―籠城に最後まで密着取材をしてほしい」と同行取材を要請されたのだ。

私はこの計画は無謀だと思った。失敗すると一網打尽になる危険性もあるし、中国当局はそんなに甘くない。私も一緒に逮捕される危険性もある。だが、もし彼らが本気で国際社会に北朝鮮難民問題の深刻さを訴える行動に出るなら、どのような決着であれ最後まで見届けたいとも思った。同行取材へのご指名もジャーナリス冥利に尽きる。私は文氏の要請を受け入れ中国に飛ぶことにした。
(次回は 「北京へ」)
(記: 2001年)

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