◆1.7倍輸入で英国より被害増か

ただし現在でも建物などの改修・解体で石綿調査がされなかったり、対策をまったく講じていない不適正工事が頻発しており、被害発生が2011年の石綿ばく露で最後というのは想定が甘すぎる。そもそも村山教授らの将来予測では、建物の改修・解体などによる石綿ばく露被害については含まれていない。その結果、これを基礎にした国の推計でも除外されてしまったのだろうが、不十分といわざるを得ない。

石綿の使用量と中皮腫死亡者数は相関があることが知られている。

日本より石綿使用が早いイギリスと比較してみよう(両国の比較図は関連資料に掲載)。

イギリスの石綿輸入量は最盛期が1960~1974年までの15年間。1962年を除いて15万トン以上が続いた。使用の全面禁止は1999年である。

日本より15~20年早く被害が顕著になり、中皮腫死亡者数は2016年に最多の2606人まで増加した。2021年までの累計死亡者数は7万2035人に上る。

日本の場合はどうか。

輸入ピークは1974年の約35万2000トン。年間15万トン以上輸入された最盛期は1967~1997年の30年間超。そのうち20万トン以上だったのは1968~1994年までで、じつに26年間に達する。

じつは日本の石綿輸入量は計約1000万トンで世界第2位の「アスベスト消費大国」なのだ。

石綿使用の最盛期がイギリスに比べ、2倍超のうえ、その時期の輸入量も毎年5万トン程度多い。おまけに日本特有の現象として、1970年代に一度石綿使用が減り始めてから1980年代に再び増加に転じ、1988年に約32万トンまで伸びた。この第2ピークの存在により、使用量がさらに押し上げられている。使用などの原則禁止は2006年で、全面禁止が2012年。

◆“周回遅れ”でも規制緩和する日本

中皮腫死亡者数は増え続け、すでに述べたように2022年に累計3万1402人に達した。それでも現状ではイギリスの半数以下だ。日本はイギリスに比べ、石綿使用量の増加や禁止が15~20年遅い。そのため被害のピークもそれだけ遅くなると考えられる。

「じつは比較的被害が少ないのではないか?」と希望的に考えたくもなる。しかし、輸入量がイギリスの1.7倍超で、最盛期の期間が2倍超。人口も約2倍。しかも規制は過去だけでなく現在においても、日本のほうがはるかに緩い。日本のほうが石綿を吸った人が多く、ばく露濃度や期間もより深刻となろう。それだけ日本の被害が多くなる可能性が大きいということだ。

残念ながら環境省も認めるとおり、日本における石綿被害は「引き続き増加傾向」とみられる。村山教授らの将来予測では2000~2029年までの30年間の中皮腫死亡者数は約5万8000人とされ、ほぼ当時の予測どおりの傾向を示しているという。 すでに述べたように村山教授らの将来予測では、建物の改修・解体などによる石綿ばく露被害は考慮されていない。その増減はこれからの規制・対策しだいといえる。

10月から建物などの改修・解体時における有資格者による石綿調査が義務づけられた。イギリスやオーストラリアの20年遅れである。本来なら建物の改修・解体時の調査義務が労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)で設けられた2005年には導入されていなければならなかったはずだった。これ1つに限らず、日本の改修・解体の石綿規制はいまだ“周回遅れ”の状況だ。

欧州連合(EU)の理事会と議会は6月末、労働者の石綿ばく露をこれまでの10分の1に減らす方針に暫定合意した。正式な合意後に各国で国内法を整備することになる。現在空気1リットルあたり100本とされる石綿ばく露(8時間の加重平均)の限界値を10分の1の同10本に減らす。ただしこの基準は従来から使われてきた光学顕微鏡(位相差顕微鏡)では観察できない細い石綿繊維まで計数できる電子顕微鏡を使う場合のもの。そのため従来の位相差顕微鏡を使う場合、石綿ばく露限界の基準は空気1リットルあたり2本とした。実質50分の1への大幅引き下げである。アメリカでも規制強化に向けた検討が続いている。

ところが“周回遅れ”の日本では、2020年と今年の石綿則改正にこっそり規制緩和まで盛り込まれていた。異常というほかない。これでは石綿による被害者が減る余地がない。国は改めて早急に抜本的な規制強化の検討に入るべきだ。

【関連資料】中皮腫死亡者数の推移と累計、日英比較

 

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