「人質は24時間以内に解放されるだろう」
4月10日午後10時過ぎ(現地時間)、ホテルの部屋で、ちょうど電話取材を受けていたところ、その記者から第一報を聞いた。

アルジャジーラテレビのテロップ→通信社の速報→新聞記者→私の耳という順番だ。中東のテレビ局から日本を経由して、さらにバグダッドにいる私に電話で伝わる。
今回に限らず、こんな「ニュースの伝聞」はいまの世界でよくあることだ。インターネットから第一報を知ることだってよくある。

普段ホテルの部屋でテレビをつけているわけではないが、アラビア語がそもそもわからないので、もしそのニュースを見ていても気が付かなかったかもしれないな。あわててテレビをつけたが、もう遅かった。すでにそのニュースの項目は終わっている。

確かに喜ばしいニュースだが、本当に喜ぶのはまだ早い。彼らが解放されたとしても、イラクの現状が根本的に解決されるわけではない。「最悪の事態は避けられそうだ」という見通しが立ったというだけだ。
今回の事件を受けて、自衛隊の撤退を求める人たちが様々なアクションや行動を起こしたと思う。

僕は前回のHPのこの項で、犯人グループからの要求に対して以下のように書いた。
『突きつけられたこの二者択一の選択肢に対して、どのような「判断と行動」を取るべきなのか。正直なところ、僕はいま…わからない。答えられない。どちらの選択肢も選べない。』
HPを見た読者からは、「綿井さんはなぜ、どちらの選択肢も選べないのですか?」というメールを何人かの方からいただいた。

恐らく僕が「自衛隊の撤退を強く求める」ような文章を書くと思ったのだろう。
正直に言うが、僕は自衛隊の派遣には反対だが、自衛隊の派遣反対や撤退を訴えるために、取材活動をしているのではない。ジャーナリストを名乗っているわけでもない。

いろんな迷いがあったけれど、「どちらの選択肢も選べない」は、自分の迷いをそのまま文字にしたつもりだ。今回の事件を受けてから、それに直接反応して「自衛隊の撤退を…」と自分が訴えるのには、躊躇やためらいがあった。しかし、この「躊躇」「ためらい」こそが、人間が人間である証しだと思っていて、最近結構意識している。大事にしている。