2006年3月、タバン村トゥーロガウンで立ったまま食事をする人民解放軍の女性ゲリラ。このころになると、写真撮影のときにゲリラは顔を隠すこともしなくなった。 (撮影 小倉清子)

2006年3月、タバン村トゥーロガウンで立ったまま食事をする人民解放軍の女性ゲリラ。このころになると、写真撮影のときにゲリラは顔を隠すこともしなくなった。 (撮影 小倉清子)

 

nepal_maoist_B0200_001◆ 第30回 タバン村で最初の女性ゲリラ(2)
タバン村は人民戦争が始まる前から、マオイストの党員が潜伏して党活動をする中心となっていた。ヨジャナら村の女性たちはそうした党員を匿ったり、食事を与えて助けていた。

そうした活動に加担していることがわかり、警察に逮捕され殺されるのを恐れて、ヨジャナらは自宅を離れて地下に潜行したのである。
「私たちは家を離れたあと、山で野宿をしたり、警察詰め所から離れた集落にある支持者の家に泊めてもらったりしました。警官が私たちを探していたために、何日間も食事をとらずに山で過ごしたこともありました。

山のゴト(畑仕事のときに泊まる小屋)に泊まって、食べる物がないために、わずかなご飯を仲間たちとスプーン1杯ずつ分けて塩をおかずに食べたこともありました。こうした生活が1年間ほど続いたのです」

マオイストの武装活動が活発になってくると、警官は警察署からあまり離れたところには行かないようになった。そのため、タバン村のマオイストは警察署がある集落から離れたところで、集会などのプログラムを開くようになった。

1998年に入ると、タバン村ではそうした集会の護衛をしたり、党員の活動を支援するためのミリシア(義勇軍)部隊が作られた。ミリシア部隊が結成される約1年前の1997年には、タバン村ではこれとは異なる"ツァパマール部隊(ゲリラ部隊)"が結成されている。この部隊は後に人民解放軍に発展していくマオイストの本部隊ともいえるもので、ジョバンサリはロルパ郡で初めての女性ゲリラとして、この部隊に入っている。