◇法治ないがしろの中国

バス放火で47人死亡、共産党委ビル近くで爆発・・・近年、中国では特別な組織的背景があるわけでない個人による過激犯罪が続発している。そこには 社会から阻害され浮かび上がることが困難な民の、恨のエネルギーが見える。北京空港で爆発事件を起こした青年は、なぜ犯行に及んだのか?中国在住6年の気 鋭のジャーナリストが、事件の背景を探る取材に挑んだ。(アイアジア編集部)

冀被告の初公判が開かれた裁判所前に集まった人たち 撮影日は2013年9月17日

冀被告の初公判が開かれた裁判所前に集まった人たち 撮影日は2013年9月17日

 

●治安要因に暴行受け半身不随になったという冀青年

冀は事件当日、車いすでバスターミナルに向かい、午前6時半の長距離バスで北京に向かった。そのバスの運転手に話を聴くことができた。彼は、冀のことを覚えていた。

「自分の同僚が弁当を買いに行ってやったよ。半分くらい食べていたね。朝早いから腹が減ったのだろう」。

犯行に向かう冀に変わった様子は「特になかった」という。北京までの所要時間は8時間以上。農村から北京に近づくにつれ、ぽつりぽつりとビルが増えていく窓の外の景色を見ながら、冀は、自らの命を危険にさらしてまで声を上げることだけを考えていたのだろうか。

冀が半身付随にされたと主張している広東省の東莞市政府は、冀が空港で爆発事件を起こした翌日、「冀が治安要員に殴られたとする問題の状況報告」という文書を急遽発表した。暴行事件から8年後のことである。

その内容は、冀が度々陳情に来たことなどは認めているものの、治安要員が殴ったかどうかについては、「目撃者なども無く証拠はない」ので、「賠償請求などは認められなかった」としている。

私は、冀が殴られた時、冀のバイクに乗っていた男性にも接触することができた。当時、東莞市のレストランで働いていたこの男性は、すでに遠く離れた雲南省の実家に戻っていた。男性は匿名を条件に取材に応じた。

男性は、冀が治安要員に殴られたことを証言した。自身も一緒に殴られたという。男性によれば、男性が乗った冀のバイクは、警察の車に追いかけられ、 治安要員のいる施設の門の近くに追いつめられた。治安部隊の1人が、鉄パイプで冀を殴り落としたというのだ。男性と冀は、合わせて7-8人から1-2分間 に亘り暴行を受けた、という。

「彼らが、(殴るのを)もう止めろ、と言った時に、意識を失っている冀が目に入った」

男性は、意識がもうろうとして、気づいた時には、救急車で病院に運ばれていたという。

「医者に、君は脳髄まで殴られていないから、運が良かった。殴られていたらどうなっていたか分からない、と言われた」。
それに続き、「もう一人は、身体障害者になってしまったよ」と告げられたという。

その後、男性の元に警察が「交通事故」の捜査としてやって来たという。男性は「交通事故ではない」と主張し、警察に届けたという。しかし、その後の捜査がなされたかどうかについては分からないという。

この男性は自身も負傷している。賠償を求めたりはしなかったのか、との問いに対し、「冀中星の事件と一緒に処理してもらえればいい」とは答えたが、同時に「自分はただの一庶民だから」と嘆いた。

この反応は、中国の庶民としては珍しくない。男性にしてみれば、何とか命を取りとめ、怪我も癒えたのならば、当局者に楯突くようなことをして、報復などされる恐怖の方がよほど大きいということなのだろう。
●爆発、放火・・・冀だけではない

実は、今、中国で、個人が極端な手段を用いる犯罪が頻発している。去年9月には広西チワン族自治区桂林市の小中一貫学校の前で三輪車が爆発、容疑者 1人を含む2人が死亡、44人が怪我をした。11月には、山西省太原市の共産党委員会のビルの周囲で連続して爆発がおき1人が死亡、8人が負傷した。警察 は手製爆弾をしかけたとしてタクシー運転手の男を逮捕した。

中国の警察がこれらの事件の動機や背景などを、詳らかにすることはまずない。犯行の背景に、制度の矛盾や体制への不満があった場合は、なおさらだ。その矛盾や不満が伝播し、現体制に対する不安定要素となるのを恐れるからだ。

しかし、断片的な手がかりから見るだけでも、過激犯罪に走った者たちが、社会的に不当な扱いを受けたと感じながらも、その窮状を訴え解決する術を見出せなかった、という共通の背景が見えてくる。

例えば、6月に南部の経済都市、廈門市でおきた快速バス放火事件。市内中心部を走るバスが放火され、47人が死亡、34人が負傷する惨事となった。警察は、現場で死亡した59歳の男を容疑者と特定。動機は「生活への不満のはけ口」と発表した。

しかし、容疑者の男が記したと見られる中国版ツイッターには、警察発表では触れられていない事情があった。そこには、男が
「60歳になり年金を受け取ろうと申請したが、警察側のミスで年齢が1歳少なく記入されていた。地元の役所に何度も行き、訂正をお願いしたが、たらい回しにされた挙げ句、訂正してもらえず、保険の申請を受け付けてもらえなかった」
という経緯が記されていた。

事件前日の6月6日には次のように書き込まれていた。
「『役人は虎より残酷』という言葉の意味がよく分かった」

このツイッターのアカウントは、閉鎖され今では閲覧できなくなっている。

冀の住んでいた山東省の実家の部屋 撮影日は2013年9月17日

冀の住んでいた山東省の実家の部屋 撮影日は2013年9月17日

 

●法治が尊重されない中国

冀の事件は、中国の近年のこうした傾向を改めて示す象徴的なものとなった。中国の犯罪心理学の権威、中国人民公安大学の武伯欣教授は、個人による過 激な事件が相次ぐ背景について、「(中国に)人治に頼り、法治を尊重しない状況が存在している」と認める。さらに公務員の中に、官僚主義、無作為、無責 任、責任逃れなどの体質があり、法律や規則はあってもそれを執行する人がいないと指摘する。

「もし人が挫折や不満や不当な扱いに直面した時、法制度を通じて権利が守られるならば、そのような(過激な犯罪)手段に走ることはないだろう」

中国にも法律や警察はある。しかし、上から下、中央から地方に行けば行く程、金や権力を持つ者や、その周辺に集まる者たちが法や制度を蔑ろにし、私利私欲や保身のために横暴となる。

中国政府は、社会の安定を至上命題としており、個人が起こした過激犯罪を厳罰に処している。しかし最下層の庶民の生活と権利を守る法と制度を機能させることができなければ、同様の事件は今後も起こり続けるだろう。
<執筆者プロフィール>

宮崎紀秀

1970年生まれ。元日本テレビ記者。警視庁クラブ、調査報道班などを経て中国総局長。中国滞在は約6年。北京在住。

※アイ・アジアは調査報道のための非営利組織です。
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