米国を守るためにと始められた「対テロ戦争」。アフガニスタンとイラクに送られた米兵はのべ330万人、約6700人が死傷し、帰還した者も多くが疎外に 苦しむ。戦場に送られたのは米国のどんな若者たちで、帰還後、何に苦しんでいるのか?京都女子大学教授の市川ひろみさんに寄稿してもらった。第一回目は、 貧困層、女性がリクルートの標的になっている現実についての報告。(整理/石丸次郎)

イラクに駐留していた米軍の兵士。2003年4月のフセイン政権が崩壊して半年後あたりから、武装勢力による米軍への襲撃事件があいつぐようになった。写真はバグダッド市内で起きた爆弾事件で、地域を封鎖して警備にあたる米兵。(2004年・撮影:玉本英子)

イラクに駐留していた米軍の兵士。2003年4月のフセイン政権が崩壊して半年後あたりから、武装勢力による米軍への襲撃事件があいつぐようになった。写真はバグダッド市内で起きた爆弾事件で、地域を封鎖して警備にあたる米兵。(2004年・撮影:玉本英子)

 

2001年9月11日のアメリカ合衆国(以下アメリカ)での「同時多発テロ」を受け、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は「対テロ戦争(1)」を宣言し た。翌月にはアフガニスタンに侵攻し、2003年3月にはイラクに「対テロ戦争」の戦線を拡大した。2003年のイラク侵攻以来、イラクでは13年3月現 在までに11万2329―12万2886人(2)、アフガニスタンでは07年から13年までの6年間に1万4728人(3)の民間人が犠牲となった。

これらの犠牲は「アメリカをテロの危険から守るために必要であった」とされる。しかし「対テロ戦争」は、戦場となったイラクやアフガニスタンでの甚大な被害のみならず、アメリカ社会にも癒しがたい傷をもたらしている。

2001年からこれまでに延べ約330万人のアメリカ軍兵士が、イラクおよびアフガニスタンの戦場に送り込まれている。2012年までにイラクで 4486人、アフガニスタンでは2013年も含め2220人のアメリカ軍兵士が死傷している(4)。生き残った兵士の多くは、「対テロ戦争」を遂行するな かで、心身に傷を負ってアメリカに帰還する。

本稿では、「対テロ戦争」の遂行者であるアメリカ軍兵士、帰還兵、そして家族の実態に注目する。彼らは、アメリカ社会においては少数者であり、国家や大多数の人々から見放されていると感じている。このような経験から、彼らは、「対テロ戦争」に向き合う活動をはじめた。
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