NLDマンダレー党員ドー・ニュンニュン。事件後、地方に潜伏し、9月にタイ国境の町メーソットに逃れた。

「本当にたくさんの人びとが私たちを歓迎してくれていました。ひとりの老婆は『アウンサン将軍の娘はどこだい?ひと目見たくて、やって来たんだよ』と言いました」。

モンユアでは2日前から電気の供給が停止していた。暗闇の中、人びとは一人ひとりキャンドルを灯してスーチー一行を歓迎した。闇の中に何万本ものキャンドルライトが灯され、モンユアは光の海に包まれた。
「あのとき、ドー・スーの顔を見たら、頬が震え、今にも涙がこぼれそうでした」。
ドー・ニュンニュン自身、涙をこらえ切れなかった。「あのとき、あの場所を包み込んでいたのは、人びとの思いやりでした。バイクや車が少しぶつかっても、お互いが遠慮し、お互いが相手のことを思いやるような光景を目にしました。

人びとは口々に『健やかでありますように。豊かでありますように』と呟いていました。私はあのような光景を今まで見たことがありません」。
モンユア市街の中心部に一行が着いたのは、午後9時を廻っていた。

翌朝、スーチー女史は僧院を訪問後、モンユアを出発した。途中、ブダリンで昼食を取った。サイビン村で、党サインボードの掲示、青年部の設立式を行った後、ディペーインに向けて出発した。

事件後、タイ国境に逃れたアウンアウン(39歳)とナインナイン(34歳)は、当時、一行の先遣隊として、数時間前に出発していた。「私たちが事件現場に着いたのは、午後5時半頃でした。ちょうど周囲に村がなく、カーブを曲がりきったところで、たくさんの男たちが道沿いに立っていました。プラカードは下におろしたままだったのですが、その数はこれまで見たことがないほど多く、ただならぬ雰囲気でした」と、アウンアウンは語る。

スーチー一行の先導車に乗っていたDPNS(新社会民主党)のアウンアウンとナインナイン。事件で拘束され投獄されていたが、釈放後タイ国境に逃れた。

彼らの車は、特に危害を加えられることなく、通り過ぎた。しかし、数十メートル離れた農業省灌漑局の前で車を止められた。

兵士が20人、警察官が80人ほどおり、灌漑局の敷地内に誘導された後、拘束された。車から降ろされた後、手を縄で縛られ、トラックの荷台に乗せられた。中には、スーチー一向を迎えに来ていたディペーインのNLD党員が拘束されていた。

ふたりはただならぬ事態が起こりつつあることを察した。