第5回「停戦劇・舞台の表と裏」
武装警察隊長官の暗殺を契機に、政府とマオイストは不可解な停戦合意を結ぶ。
水面下の見えないまま潜伏中の党幹部らが姿をあらわした。

 
  2003年3月29日にカトマンズ市内で開かれた、マオイスト対話団による最初の記者会見で、マイクを握る党ナンバー2で対話団長を務めるDr.バブ・ラム・バッタライ。7年ぶりに公の前に姿を現した。

“劇的”な停戦合意
その事件は2003年1月26日、霧の深い早朝に起こった。
カトマンズの南に隣接するラリトプル市の路上で、散歩の途中だった武装警察隊長官クリシュナ・モハン・シュレスタとその夫人、そしてボディガードとして随行していた警官1人の計3人が、武装グループに襲撃され射殺されたのである。

警察は事件直後にこれを反政府武装勢力マオイストの犯行と決め、事件現場近くで弾を受けて負傷した男を逮捕して事情を聴取した。カトマンズの東にあるバクタプル市出身のこの男は、自分がマオイストであることを認め、この暗殺がかなり前から計画されていたものであることを明らかにした。

武装警察隊はマオイスト掃討を目的にこの2年前に結成された部隊である。長官夫妻の暗殺はマオイストが1996年に人民戦争を開始してからターゲットとしたなかでは、最高の地位にある人物の暗殺だった。

この事件のニュースを聞いて、私は「これで停戦は遠のいた」と思った。
国家非常事態がしかれていた2002年は、ネパールの歴史のなかで最も多くの血が流れた年だった。多くの人が停戦と和平交渉の開始を望んでいたが、年を越すと政府とマオイストのあいだを仲介する人権活動家らから「対話を阻止するグループが存在する」「今、対話の開始を試みなければ、ネパールは最悪の状況に突入する」などと悲観的な発言が続いていた。

そんななか、長官暗殺のちょうど1週間前に、マオイストのトップと接触のある人物から、「1週間以内にも王室とマオイストの代表のあいだで、非公式の対話がもたれる」との極秘情報を聞いた。信頼できる情報源であるため、水面下では停戦へむけての動きがあると密かに信じていたのだが、長官暗殺で政府側は態度を硬化させるだろうと予測できた。
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