モスクだけでなく、大手メディアも襲撃された。
こうした背景のなか、“9月1日暴動”は、マオイスト問題を長いこと解決できないでいる無能な歴代政府に対する、蓄積していた不満が爆発する形で起こった。
1日、カトマンズ市とそれに隣接するラリトプル市は早朝から異様な空気に包まれていた。

筆者は午前8時前、ラリトプル市にある自宅から歩いて、カトマンズの中心部にある王宮前通りに向かったが、通りに面した店はすべて閉まり、あちこちの路上で古タイヤなどが燃やされて交通が遮断されていた。普段よりも大勢の人が道を歩いているのに対して、車だけでなく、バイクや自転車さえもほとんど走っていなかった。

二つのモスクがある王宮前通りに近づくと、催涙ガスの匂いが立ち込めてきた。昨夜から始まった襲撃の様子はすでにあちこちに見られた。モスクは門が壊され、窓が割られて敷地内には石やレンガのかけらが散らばっていた。モスク前の通りには、中から持ち出した書物や布団が山と積まれて燃やされていた。

通りには、コーランと思われる本が100メートルに渡って一面に散らばっていた。数人の学生が「ネパールにいるイラク人を殺せ」と英語で書かれたプラカードをもって、歩いている。この学生たちに「この事件で誰の罪が一番大きいと思う」と尋ねると、「何もできないでいる無能な政府だ」と口々に答えを返してきた。