「開祖と娘~戦争反対は原点なんですね」
(少林寺拳法グループ総裁・宗由貴と野中章弘(アジアプレス)との対談です)

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野中
ゲームの延長線で自衛隊への入隊が増えるという現象を踏まえてお伺いしたいのですが、少林寺拳法の方はどうでしょうか。そういう現象と比較してみたときに、やはり少林寺拳法に来る人たちも「強くなりたい」という思いで入門するという、そういう動機が一番強いと思うのですが…。

だからこそ、やはり「何のために少林寺拳法を身につけるのか」という、そこに父はとてもこだわっていました。「開祖法話」というのがあるのですが、そこでも父は繰り返し言っているんです。会報などにも載っていない言葉が山のようにいろいろと書かれているのですが、そのすべての結論に「何のためにやるのか」ということを問うているんです。どうなりたいのかと。要するに人は変われる、と。自分が変わるということは、社会も変えられないわけはないんだぞ、ということしかそこでは言っていないんですよね。
そのつど例題が違うだけで、言っていることというのはそれだけなんですよ。だけどそのときはそうだ、と思って聞いているんだけれども、野中さんが言ったように時代が変わると、やっぱり体験が余りにも違ってきてしまったりして、段々と伝わらなくなってくるんです。感受性のベースが違うから、そのときは気持ちよく聞いているんだけれども、心に痛く感じるほど伝わっていかないのが最近の現状です。
野中
なかなか伝わらないのですね。

少林寺拳法も今年で57年を迎えているんですよね。創始されてから最初の15年間を私はよく想像するんです。最初の15年間と、その後というのは全然中身が違うだろうな、と。でもいまはまた最初の位置に「戻せる時代」だと思うんですよ。
野中
それはどうして?

やはり今こういう社会状況だからでしょうか。ここで、もし「戻す」ことができなかったら永久に戻らない。
野中
戻らないということね。

そう思うんですよね。よく言うのですが、少林寺拳法というのは、「戦争反対に決まっているんだ」と私は言うんですよね。
でも、そう言うと「本当に戦争反対ということに決まっているんですか?」と聞き返されるんです。というのは、戦争というものが見えないからですよね。
野中
戦争の実態が見えない。

少なくとも、私は絶対反対なんですよね。それは多分、自分だけでなく周りの人びともそう思っていると思うんですよ。一時期、こういう発言をしたことで、左に洗脳されている、などと言われたこともあります。
いろいろ周りから言われたりすることもありましたが、自分がどう思われるかなどということはどうでもいいんです。とにかく「戦争反対」ということ、それってやっぱり少林寺拳法の原点なんですよね。ずっとそれを言い続けてきたはずなんですが、気がついたら「かつての侵略は正しかった」と言う人が指導者の中に出てきたりして…。ちょっと待ってよ、と。何のために今までやってきたの?と言いたくなるんです。
そのような時代になっているとき、少林寺拳法の技術が上手い弟子をたくさん育てていることを「どういう人材が育っているのか」という視点で考え直してみると、すごく恐ろしいことに加担していることになってしまうんですよ。
だから、よりこだわらなきゃいけない。やっぱり力を求めて入ってくる人たちだからこそ、その力の使い方、それから、人がどう生きるかということに、しつこいぐらいこだわらないと危ない、と。
野中
由貴さんは、例えばどういうふうな言い方とか、どういうふうな語り方をすれば自分の気持ちとか、あるいは開祖が少林寺拳法を始めた本当の意味や、彼の考え方などを今の人たちに伝えることができると思いますか?

まずひとつ、幸いなのは年齢なんですよ。
野中
年齢?

開祖は明治生まれでしょう。開祖は33年間トップを務めたんですよ。その当時の大学生にすごく期待したんですよ。それは、将来の日本を背負って立つのは君たちだというふうに期待をしていたのです。ですが、ある時期から少し、ちょっとそれに曇りが出てきて、要するに何のために勉強しているんだという、それこそ平和ぼけしていっているという意味でね。
でも、開祖はあきらめないで言い続けていましたよ。そういうのを私は見てきました。でも、そこにはやはり、あまりにも時代的背景が違い過ぎるということがあったと私は思うんですよね。少林寺拳法というのは、技術だけではなくて、教えもあります。あと教育システムというのも最初からちゃんとありまして、技だけでは昇級も昇段もできないんですよね。
当然、教科書のような副読本や指導者用には教範と言うのがあるんです。それらは科目表できちっと決められていて、その上で試験を受けるようになっています。学科試験そしてレポートも出さなければいけない。高段者になるには面接も通過しなければなりません。
ところが、これだけ制度を設けていても、疑問に思うところがあるんですよね。ペーパー試験をやったところで、そこには模範解答を書けばいいわけですよね。面接をやっても模範解答をすればいいわけだし…。
野中
ある程度はそうできるからね。

それだけで何でわかるというの、という疑問が残ってしまうんです。そうすると、そこで問題をひねるしかないんですよね。で、今そういった部分の取り組みを始めてみたら、いろいろなことに気づいたんですよね。
例えば、教科書問題とか…。具体的に話すと、私の息子が昇段試験を受けるときに、学科の勉強を見てあげたんです。私は技術をやってきていないから、技術を見てあげることができないもので。勉強を見てあげていて、驚いたんです。副読本を見ながら子供に教えようと思ったら、これって今の子どもに伝わらない内容だというのが自分の中に湧いてきたんです。
そこに書かれている内容を伝えるには、今の時代で例えるならば、こういうことであってというように話をしないと実感が持てないものだったんです。でも、それは私が、半ば洗脳的に開祖からそういう話を聞いていたからこそ伝えられる話しなんですよね。本当に開祖が言いたかったことが何かを理解しているから、それができるわけなんです。けれども、そういう経験のないお父さんやお母さん、先生に対して、その話しをそこまで理解してやれといっても無理でしょう。ということは、もっと今の人たちに実感できるものを提示しなければいけない、と。だから語りかけることも活字にするものも、このままではいけないと思い始めたのです。それが今から10年ぐらい前のことになります。
そういった経緯で、教科書の方に取り組み始めたわけなのですが、それだけでは不十分なんですよね。今度は「実体験」なんです。悲惨な状況というのはなかなか経験できない、逆に敢えてするべきことでもありませんが、逆の意味での良い経験ということは幾らでもできるわけです。そうすると、そういうものをひとつのシステムの中につくろうということで設けたのが、開祖デーという毎年5月の奉仕活動月間です。
最初にこれを始めたときは、「少林寺拳法は慈善事業をやっているんじゃない」とか、「ボランティア団体じゃない」などとさんざん言われましたね。でも、私は絶対に意味があると信じていました。それは、少林寺拳法をやって自信を持つようになった人たちが、その力を人や社会のために使ってみようということで、人を殴るより喜ばれることに使ったほうが素敵だよって。個人だけの取り組みではなく、組織としてそういうことをやると。ひとりひとりに強制はしないけれども、「やる」ということ。最初は何だかんだ言っていた人たちも、そういう活動をしてみると、拳士がいきいきとしているなどという意見を寄せてくれるようになりました。
それから、お父さんお母さんたちが、改めて少林寺拳法のよさがわかりましたとか、道院の活動に共感してくれて「あっ、これだったら」と言って、協力してくれる人が出てきたとか、そういう成果があらわれたのです。そこで、初めて「開祖デー」の意義が普及し始めるんですね。これっていい経験でしょう。
また、少林寺拳法創始50周年のときには、「おじいちゃん、おばあちゃん教えて」という企画をしました。高齢者の人たちが、自分たちのことを粗大ごみだとか言ってしまっていた時期です。子どもたちは、親のまねして高齢者を臭いとかも言ってしまっていましたし。今までの時代を生きてきたおじいちゃん、おばあちゃんたちに自分の存在感、存在価値を感じてほしかったし、子供たちにも「あ、すごいな」と思ってもらいたくて企画したんです。
ここではわらじづくりのコーナーや戦争体験を語ってもらう内容を用意しました。そういう形でやるとみんな聞くんですよね。でも、そのときに問題なのは、おじいちゃんやおばあちゃんが戦争体験を語ってくれたときに、「はい、終わりました。きょうはどうもご苦労さん」と言って終わるような指導者だったら、この企画の本来の意味を失ってしまいます。おじいちゃん、おばあちゃんたちの話しが終わった後で、今度はそれをいかに日常につなげるかということを考えられる指導者が増えなければいけない。「伝える」という意味で、そういうところを考えはじめたのです。
野中
そういう意味でね。それは何か具体的なことがないと、なかなか伝わっていかないことだね。

世の中には、人に恐れられて「すごい」とか「怖い」とか、「下手なことできないぞ」と思われることに喜びを感じる人たちも結構いるわけですよね、うちに限らず。これは「この人がいてくれたら」とか、「ちょっとあの人に相談してみよう」と思ってもらえる存在価値と全然違うものですよね。だからこそ、少林寺拳法を身につけた人が、人に嫌がられることにその力を使うのか、それとも喜ばれることに使うのか、その違いは大きいよと言いながら、体験することのできる場所をつくらないといけない。
野中
そうね、場所がないとわからないからね、それはね。特にやっぱり、人とのかかわりというのは、今、なかなかそういう場というのはないでしょう、社会の中で。人と何か一緒にやっていくとか…。

面倒くさいことだと思っているでしょう。
野中
そうそう。なかなか自分では行かないでしょう。

確かに面倒くさいことではあると思いますが、でもそれ以上に楽しいことがあるよっていうのを、いかに「場」としてつくれるか。
野中
何か人と一緒にすることで、それが結構楽しいことだよという、自分も生き生きするということが「体験」でわかれば、本当に一番いいですよね。

確かに、それで子供たちも変わるんですよ。紙に書いたものじゃない経験というのはすごい教育でしょう。父が私に、そうやって、洗脳のように言ってきたこと、そして、してくれてきたことは今の時代にできないかと言ったら、できないわけがない。私はできると思うんです。たとえ、共感する人たちが少数でも、できると思うのです。
(続く)
宗由貴(そう・ゆうき)
1957年、香川県生まれ。1980年、少林寺拳法の創始者である、父・宗道臣の後を継ぎ、少林寺師家第2世宗道臣を襲名。2000年、少林寺拳法グループ総裁に就任。