「開祖と娘~戦争反対は原則ですね」
(少林寺拳法グループ総裁・宗由貴と野中章弘(アジアプレス)との対談です)
050111sp1_1.jpg野中
この間、レバノンから少林寺拳法を習いに来られた人の話しをお伺いしましたが、もう一度話していただけますか?

ああ、サムというレバノンの拳士のことですね。日本に留学して少林寺拳法を習った人です。私は彼が少林寺拳法の専門学校に入学してから出会いました。私は今、学園の理事長なんですけれども、理事長の講義という時間があるんですね。話をした後、質疑応答という形の講義をしています。その講義のとき、彼が私にこう話してくれたんです。「自分は将来、国に帰って少林寺拳法の学校をつくりたい」と。
その理由というのは、まさに開祖が少林寺拳法を最初に始めたときに、私塾をつくって人を育てたいと言ったことそのものなんですよね。今のレバノンは、そういう意味ではかつての日本と同じようなレベルにある、と。だから自分は国に帰ってやりたいと話してくれたんです。彼の両親は、亡命に近い心境で子供を連れてイギリスへ出国。その後、彼は日本に勉強に来ていたんです。
イギリスに帰らず、レバノンへ、本来の自分の国に戻りたい、と語ってくれました。それは、国のために開祖が当時思っていた気持ちと同じ思いを彼が思っているわけなんですよ。彼はそのことを少林寺拳法で学んだ、と話してくれたんです。それを聞いて、とても心が温かくなりましてね。そういう話を最近の日本では聞かないでしょう。
野中
そうだよね。

そんな余計なことを言うな、波風を立てるなという人が多い中で、そうやって本当に目を輝かせて語っている彼がいて、その彼の言葉を周りにいる同年代の日本人がどういうふうに聞いているのかなと思って…。
野中
どういうふうに聞いたのかな。

そんなことができるの?とか、学校は日本だけなんだからレバノンではできないよ、なんてそんなふうに受け止めた若者もいるかも知れないんだけど…。でもね、学校にするかどうするかは問題ではなくて、その彼のそういう「思い」というのがすごくうれしくて。彼は今、レバノンへ帰国して頑張っているというから、ぜひ訪ねてみたいなと考えているんです。
野中
蒔(ま)いた種はそういうところでも果実を実らせているわけですね。

海外は結構いるんですよね、そういう人が。今、一番危ないのは日本です。
野中
日本人はそういうところの意識がぼんやりしているね。

そういうことを言わないで、触れないでやっていた方がいいと。青少年育成とか人づくりとかいうときに、それではどういう人を育てるの?ということを議論するだけという場合が多い。このまま何も触れない、そういうことを言わない人を育ててしまったときは、もっと将来、日本がどうにかなってしまうという怖ろしさを含んでいますよね。そのような時代になってしまうとしたら、少林寺拳法は技術的な問題だけではなくて、存在そのものを無くしてしまった方がいいかもしれないとすら考えてしまいます。
野中
由貴さんが、講演会などの場で少し政治的な発言をされるとき、例えばイラク戦争についての自分の立場や、あるいは憲法の話など含め、周りの人たちの反応というのはどうですか。昔と変わっていますか。

時と場合、場所によって違います。でも面と向かっての反論とか、そういうのが物すごく少ないから不安ですね。
言いっ放しになるというのは、すごい不安な気持ちになりますよ。
野中
どういう風に相手は考えているのかということが分からないということだよね。

わからない。ひとつおもしろいというか、組織だから当たり前かもしれないんだけれども、そういう発言をしたときに、最近、少林寺拳法関係者の前で話をするときなど、そこにはいわゆる後援者と言われる人たちがいるんですよね。その人たちが「すごく共感した」とか、「自分も実はこういうこともやっているんです」という話がいろいろと出てくると、そういう話の展開になると、その流れに乗る人が結構いるということ。
野中
ああ、そうか。

その人たちの一部が「何を言っているんだ、あの総裁は」と言ったら、きっと「総裁を辞めてくれ」と全員が言うのではないか、と思うのですが。
野中
ということね。

だから、どちらかといったら周りを見て、自分の考えを決めるという人がやはりいるんですよね。決してそのような人ばかり、ということではありませんが…。
少林寺拳法関係団体のリーダーたちは、私に対する異論などをどんどん言ってほしいなと思っているんですけれどもね。私が言うことに皆さん慣れてしまっているようです。
例えば私の意見に対して「少林寺拳法としてどうなのか」という疑問など、もっといっぱい言ってほしいですよ。政治的な発言だとか言われたら、それこそ何も言えなくなりますから。責任というのは私たち国民がみんな背負っているわけだから、だからしてはいけないということは何もないと思うんですよね。まして、うちは票を持っている団体として見られているわけでしょう。ただ組織として政治的なことを一切強制はしていません。基本的には自由なんですよ。
でも自由であるからこそ、やっぱりちゃんとした自己確立をして、自分の意見と生き方というのを持った上でそういう関係をつくっていかないと、本末転倒ですよね。
野中
由貴さんから見て「自己確立」といったときに、つまり己の意見をきちんと持つということ、そして誰かに自分の言葉で語るということ、それは誰かに依存するということではなく、これが少林寺拳法をやるひとつの目的だという理念をおっしゃっているのだと思います。由貴さんから見て、今の少林寺拳法の組織、そこに集う人びととほかの組織、少林寺拳法グループ以外の人たちと比べて、少林寺拳法というのは姿勢を確立できている、というように思われますか?

ううん。微妙ですね。
野中
微妙?

というのは、やはり組織がある程度知られてきて、有名になってくるなかで、いろいろな関係者がいますよね。そうするとそれに伴って、思っていても言わなくなっている人がやっぱり増えていると感じるのですよね。つまりは、父の時代、それは昭和20年代から30年代の前後ぐらいまでの人たちに比べたら、そういうことを言わない人の方が圧倒的に多いと思うのです。
ただし拳士はそこで生じる組織としての責任を背負わないでしょう。組織を背負っていないから、割とそういうことをフリーに発言する人はいるんですよね。「開祖は軍靴の音が聞こえると警鐘を鳴らしたと聞きました。憲法改正が議論されるなか、少林寺拳法としてはどう考えるんですか?」とか、「人づくりというけれど、地域のなかで少林寺拳法が受け持つエリアと、周囲との連携は?」などと、社会とのかかわりを真剣に考えている拳士がいます。
そういう感性を、変な話ですけれども、失わないようにすることが大事ですよね。というのは、これは組織として仕掛けをつくればいけることだと思うので、方法さえ考えれば可能性はあると思う。
ですが、全体の人数からいくと少林寺拳法の技術の面白さに惹きつけられている人が圧倒的に多い。
野中
ただやっぱり拳士ひとりひとりに自分なりの生き方があるわけだし、自分なりの思想もあれば信条もあるわけだしね。少林寺拳法の教えだからといって、全員がそのまま染まっちゃう、染まったら、またこれはこれで何か宗教団体みたいに妙な感じもしてしまいますよね。

そう、それはおかしいですよね。
野中
おかしいしね。

でも私、少なくても戦争賛成という人が指導者になってはいけないと思っていますけれどもね。
野中
それは心強い言葉だね。

戦争反対は、うちの場合は原則だと思うんです。そういうことを開祖は言っていたけれども、開祖がいなくなって誰も触れなくなったら、そんなの自由だという人もいることは事実なんですよね。
宗由貴(そう・ゆうき)
1957年、香川県生まれ。1980年、少林寺拳法の創始者である、父・宗道臣の後を継ぎ、少林寺師家第2世宗道臣を襲名。2000年、少林寺拳法グループ総裁に就任。