「開祖と娘~志を失いたくない」
(少林寺拳法グループ総裁・宗由貴と野中章弘(アジアプレス)との対談です)
041228sp1_1.jpg
041228sp1_2.jpg
野中
お父さんの跡を継ぐというのは、自分が決めるというよりもお父さんが生前決めたことだったんですか?

いえ、少林寺拳法グループの役員全員です。
野中
役員が決めたこと。

父は元気なときから「死んだ後のことなんか知らん」と言ってたんですよ。
野中
ああ、そう。そうか、じゃ周りの人たちが…。

分裂しないために。
野中
分裂しないようにするということね。とりあえずということだね。そこにはまだ由貴さん自身も、例えば、いや私はもっと一人前になってから考えますというような話ではなくて、それはもう受けざるを得ないような状況があったわけだよね。

一応言ったんですよ。
野中
言ったの?

一応言ったんだけど、こういう団体というのは分裂するでしょう、いろいろな派に分かれていくから。少林寺拳法の場合はひとつでないと意味がないと。だから要するに目的を持った団体だから、いわゆるスポーツ、武道じゃないと。だからこそ、というところがあったから継いだんですよね。
野中
継いだわけね。

ところがしばらくしたら、分裂しそうなことを私が言っちゃったもんだから、最初の時期にちょっと待ってくれという形になったんですよ。最初の4年間ぐらいは何も言っていなかったんですけれどもね。
野中
分裂させないためのひとつの象徴的な存在だったよね。それは由貴さん以外の人たちがもし何か、例えばトップになるとか跡を継ぐということになったら、もっと混乱が大きかったという判断があったわけでしょう、当然ね。とりあえず由貴さんをトップに据えることによって少林寺拳法をまとめていこうというふうに、一応みんなでそう決定されたんでしょうね。それで由貴さんも、とりあえずそれは受けるという判断があったわけだよね。絶対に嫌だったらどこかに逃げるということもあったわけだけれども…。

受けちゃったんですよ。
野中
ね、受けたわけでしょう。それはやっぱり何か自分の中にも…。

やっぱり分裂させたくないと思ったんです。
野中
あったでしょう。それはお父さんが一生懸命、生涯をかけてやってきたことだからという、受け切れないかもしれないけれども、とりあえず自分なりにそれをどんなものか見てみようというようなことだとか、できることはやってみようという、多分そういった気持ちがあったと思うんだよね。今こうして話を聞いていて思ったのだけれども、最初はお父さんのやってきたことを受け継いでいくというところから始まったことが、次第に由貴さんが自分の言葉で話せるようになるまで、20数年かかっているということだよね。

うん、そう。
野中
それは、もうお父さんのことを何か受け継ぐということではなくて、「宗由貴の時代」になったということなんだよね。

確かに「開祖の志」という言い方を今もしてはいますが、それをなくしたくないという思いがすごくあるのが正直な気持ちです。
野中
そうだよね、それはいつも戻るべき原点だからね。

そう。それをなくさないためにはどうしたらいいかということは、これは自分たちが考えなくてはいけないことなんですよ。
野中
そういうことだよね。だから結局、宗由貴が自分の言葉で語って、自分の自己というものをきちんと見せていかない限り、周りの人たちもやっぱりついてこないと思うし、別にそうでなければ「開祖法話」とか、そういうのだけ残っていれば、別にあとは誰がトップでもいいじゃんという考え方にもなってしまう。だけど、今はやっぱり宗由貴じゃないとだめだというふうに、そういうふうに少しずつ、自分の今立っている地面を固めつつある…。

やっぱりそういう意味で、仲間をたくさん増やしたいと思う。すごくそう思っています。
野中
そうでしょう。宗由貴だからこそ、周りが少しずつ変化してきたのではないでしょうか。そういった一連のことによって本当に、原点としての宗道臣という創始者があって、そしてさらにそれを今の時代に生かしていく宗由貴の時代があって、その次はまたわからないけれども、でもすごくまともに「宗道臣という創始者の精神を受け継いでいるな」というふうに改めて感じましたね。

でも組織というものは、ある意味での「怖さ」を持っていますよね。組織というのは人間と一緒で生き物だから…。
野中
そうだよね。

成長していかないといけないんですよね。変化もしているし。そのままの状態というのは、本当にそこにあるとおり人数だけ。
野中
人数だけね。

それもとんでもない人の人数がいっぱいになっちゃったときというのは、だれが責任を持つの?と。そんな組織が形成されたりしなければ、突いたり蹴ったりなどする人がいないのだから、世の中のためには良いわけでしょう。
野中
害がないということね。

そうそう。だからとんでもないことになるからと思って。そういうことを言い続けて、そうはならないためのいろいろな方法論を見つけ出していくことですよね。敗れればまた出直せばいいからとにかくやろう、と。以前私は、少林寺拳法関係の4つの団体の責任者を全部兼務していたために、各都道府県単位の行事ぐらいしか出席することができなかったんです。ですが今、体制をリニューアルして変わらせたんです。
支部単位の小さな地域でも何でも顔を出すようにしたんです。なぜそういうことを始めたかといったら、要するにそういう仲間を増やしたいからなんですよ。そうすると、なるべく人数が少なくて意見を直接やり取りできる方がいいわけです。開祖に対する信頼感だけでなく、私という人間が何を考えてどういう人であるかということ、そして少林寺拳法というのはどのようなものなのかをそこで伝えていかないと、きちんと伝わらないんです。
そういうことなしでは、結局は「絵や文字になっている少林寺拳法」しか伝わっていかないでしょう。
そういうところを考えてみると、今使用している副読本は昔の内容のままなんですよ。これは今、新しくしようと思っていまして、特に子どもに対してはアニメにしようかなと考えています。本当に実感できるものにしたい、それだけなんです。今そういう努力をしなかったら、今あるものしか伝わっていかないではありませんか。それも活字だけ、技だけ…。そうすると全く今の時代に対応できないと思うのですよね。
野中
そうだよね。やっぱりそういう精神というものは、単なる活字とかスローガンだけでなくそういう努力をしなければ、中々本当の意味で伝わっていくものではないですよね。「自己確立」や「自他共栄」とか、そういうスローガン的な言葉も必要なんだけれども、ややもすると、それはそれだけで浮いてしまって1つのスローガンでしかなくなるでしょう。しかし本当は、そこに込められた自由な精神というのがあるわけですよね、重要な。それをどうやって伝えていくかということは、どの組織でも本当に大変なことですよ。報道でもジャーナリズムでも、真実の報道とかいろいろ言われますが、さっぱりそうなっていないのが現状ですよね。やはり、その精神を伝えていくということの難しさというか、努力なしにどんどん形骸化、形式化しちゃってね…。

組織って、その場をとりまとめるための方法論を持っているから余計にやっかいなんですよ。何かね、それで安心しているところがあって。本当は、自分でものを考えるということや、それで判断をすることの重要性を教えていたはずなのに、いつの間にか命令、号令で皆が動いていくというような…。
野中
寄りかかっちゃうでしょう。
宗由貴(そう・ゆうき)
1957年、香川県生まれ。1980年、少林寺拳法の創始者である、父・宗道臣の後を継ぎ、少林寺師家第2世宗道臣を襲名。2000年、少林寺拳法グループ総裁に就任。