シュラセーは、カレン難民の国内避難民(IDP=Internal Displaced Persons)の部署で働くカレン人である。兵士ではないから武器は持っていない。彼の持ち物は、小さな布製の肩掛けカバン1つである。そのカバンの中には、手のひらサイズの常備薬袋、小型ビデオカメラ、Tシャツの予備、それに薄手のパーカーだけがはいっている。

タイ側に難民としてのがれたカレン人には、外国からの援助は届く。しかし、ビルマ国内の山の中に逃げ込み、ビルマ軍の迫害をのがれて隠れ住んでいる国内避難民には援助の手が行き届かない。その総計は、おそらくタイ側にのがれた難民の数倍、60万人を軽く超えていると見られている。人数の検証は、今のところ不可能である。

村を襲撃され、山に逃げ込んだ農民がいると言う情報が入ると、彼はその存在を確認するためにビデオカメラを持って、1人で山に入っていくのだ。護衛のカレン兵士と1緒に動く事はできない。兵士の動きをビルマ軍に察知されてしまうと、そこにカレン人が隠れていると分かってしまうからだ。また、ビルマ軍の警戒線をぬって、知らない土地を行動するため、地雷原に迷い込んでしまう恐れもある。しかし、彼は、どこかに逃げ込んだ村人がいると聞けば、行動を起こす。

写真:夜明け直後、山向こうのビルマ軍
の動静を注視するカレン軍兵士(93年)

「64人の農民が身動き取れずに山の中にいるんだ。どうだ、是非、一緒行っていみないか」
ビルマ軍と地雷は怖いが、行ってみたい気はする。やはり自分の目で見ておきたいからだ。しかし、今回は時間的に不可能だ。

「今回は、遠慮しとくよ。ボ・ジョーに会いに行くから」
「そうか、ボ・ジョーに会いに行くのか。じゃあ仕方ないな」
残念そうな表情をした彼も、ボ・ジョーの名前を聞くと、納得したようだった。

腕時計を見ると、短針は8時を回ったところだ。ドラム缶でいかだを組み、2艘のボートを横に合わせた水上小屋があらわれた。次の中継地点に着いたのだ。ロウソクの灯りの下、次の案内役のディ・ゲ(26)を紹介される。彼もまた英語が達者である。今回、ボートでの移動が可能だった。そのおかげで、山歩きを3、4日分短縮することができた。あと、2日弱歩けばいいんだ。

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