多くの外国人観光客にとって総選挙はそれほど関心事ではないようだった。軍事政権によって制定された「新国旗」の掲げられた市庁舎前を見学する観光客。ラングーン(ヤンゴン)で。2010年11月7日撮影 宇田有三

 

総選挙投票日、シュエダゴン・パゴダ(仏塔)を境に、ラングーン(ヤンゴン)の西地区に向かう。サンヂャウン周辺の路地に入った。こちらの投票所は、学校や政府の建物内を使っているところが多く、外からは投票のようすがまったく見えない。撮影できそうな場所では、警戒中の私服警察が必ずどこかで見張っている。

向こうから長身の白人男性が、肩から一眼レフのカメラを提げて、携帯電話で話をしながら歩いてきた。外国人記者だと一目瞭然だ。周りにいた地元のビルマ人たちが、彼を横目に足早に通りすぎる。警戒情報が出回るだろう。自分も取材を諦めるしかない。
後ろに誰もついて来ないのを確認しながら、入り組んだ裏通りを抜けて、チーミンダイの通りに出た。ここから次の取材場所、ヤンゴン大学周辺へと移動した。
新しくできたショッピングセンターに向かっていると、喫茶店で座っている男性と、ふと目があった。何かピンときた。日本語で話しかけてみると、日本語で返事が返ってきた。
「日本で15年ほど働いていました。魚屋の他、3つの仕事を掛け持ちしていました。帰ってきて15年経ちますが、国は全然良くなってない。今日は選挙ですが、私は行きません。もう結果が決まっていることだし」
あきらめ顔の彼は話を続ける。
「友だちは言います。『選挙で米が値上がりして大変だ』と。88年のデモのようなことが起きるかもしれないから、皆、お米を買いだめしているそうです。1ヶ月分のお米を買い込んだ人もいるんです」
「こちらではお金持ちは、驚くほどお金をもってるでしょう。1000万円近いランドクルーザーでバンバン走ってるし。ほら、通りのあの7階建てのお店、1階部分は、1500万円はしますよ。7階は150万円くらいですが。この喫茶店だって、少し広いから家賃で10万円から12万円はかかりますよ」
約1時間、その男性と話し込むことになった。
15時を過ぎた。投票が終わるまで残り1時間となった。
「選挙に行く人は少ないでしょう。この辺りでも、『選挙に行きましょう』ってスピーカーでふれて回っていますが、投票に行っている人は、少ないと思います」
「じゃあ、気をつけて」。
男性の言葉を背中に受けつつ、フレイダンの交差点を回って歩いた。その辺りは住宅街ではない。そのせいか、投票所はあまり見かけなかった。
20年ぶりの総選挙だということで、自分も含めておもに外国のメディアは選挙関連の題材探しに必死だ。通りでコピーのDVDを物色する若者たち、屋台に座ってオヤツ代わりの串焼きを頬張る家族連れ、バスの車内から窓の外をぼんやりと見上げる20代とおぼしき若い男性。今、目の前にある日曜日の風景もまた、2010年11月7日の現実でもあるのだ。
投票が締め切られて1時間後、旧知の50代の男性に投票に行ったか聞いてみた。彼は普段から反軍政のテレビ(DVB)を衛星放送で見ている。なので、てっきり選挙はボイコットしたものだと思っていた。だが、違っていた。
「投票には行ってきたよ」
え、なぜ?
「もし自分が投票に行かなければ、その分だけ、白票が残るだろう。投票所が閉め切られた後、その白票にどんな操作がなされるのか・・・簡単に想像できるよ」
「だから、せめて自分がぜったい支持したくない人に票が入らないよう、まったく別の人に票を入れてきたんだ。白票を『彼ら』の手元に残してはダメなんだよ、この国、ミャンマーでは・・・」<ラングーン(ヤンゴン)=宇田有三>