「恐ろしいことが起こっていました。私の村では昨日は6世帯、今日は5世帯から死人が出るというように、毎日バタバタと死んで行きました。飢えて全滅した一家もあれば、生きていくことに絶望して、家族皆で自殺した家もあります。もっとも酷かったのは4月と5月でした」。
人目を避けて待ち合わせた、中国遼寧省の場末の喫茶店で、黄海南道◆◆郡の農村幹部リム氏は重い口を開き、こう語り始めた。
4月といえば、北朝鮮では故金日成主席生誕100周年が盛大に祝われている時だ。この行事に合わせ、平壌市内には再開発事業で高層ビルや大型娯楽施設が数多く建設され、金正恩氏の「指導者デビュー」プログラムも準備された。

外国からはメディアを含め多くの招待客が訪れ、平壌の夜を焦がす派手な花火大会も挙行された。国民にもお祝いの特別配給が支給されたいう。リム氏の住む農村ではどうだったのだろう?
「複雑でした。国家的な祝日ではあるんでしょうけれど、目の前で人々が死んでいくのを見ると悲しさがこみ上げてきました。特別配給もたくさん貰えると皆舞い上がっていたのに、実際は砂糖500グラムにサツマイモ一皿、洗濯石鹸一つ、歯ブラシ一つなど、まったく期待はずれで、祝日を祝う雰囲気ではありませんでした」。
リム氏はそう言って目を伏せた。(続く)


(参考写真)機械の老朽化とエネルギー難で、農村では牛が重要な役割果たす。2008年10月 黄海南道海州郊外にて シム・ウィチョン撮影

 

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