映画「イラク チグリスに浮かぶ平和」公開

2003年のイラク戦争開戦以来、これまでイラクでは少なくとも10万人以上の市民が命を落としたと言われる。この国に通い続け、戦渦に生きる市民 の暮らしをリポートし続けたジャーナリスト・綿井健陽が、開戦から10年を機にドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』を公開した(東京・ポレポレ東中野で上映中。各地順次公開)。
あるイラク人一家の10年を通して、イラクの人々がたどった戦渦の歴史が描かれる。空爆と占領、宗派抗争の混乱の中で、この10年を生き抜いた人々、生き 抜けなかった人々、そして遺された人々の、儚く消えた夢や希望が観る者の胸を締め付ける。映画公開に寄せて、綿井監督にインタビューした。(アジアプレス 編集部)

インタビューに答える綿井監督

インタビューに答える綿井監督

 

◆攻撃される側から見た戦争

映画冒頭で描かれる2003年の開戦前のバグダッドの街の情景が印象的ですね。開戦2日前でも夜店は賑やかで、街路にはチェスに興じる男たちが映っています。

綿井:当時世界は既に戦争へのカウントダウンを始めていたのですが、映画に出ているのは開戦の5日前からで、開 戦の前々日まではまったく普通の暮らしがありました。前日になってようやくお店が閉まり始めます。イラク戦争は、開戦以降の空爆や米軍の攻撃、占領の様子 が報じられましたけど、戦争が始まる前のバグダッドの日常風景がどうだったかは、あまり知られていないでしょうね。

イラク入りが開戦の10日前ですね。どんな情景を予想していましたか?

綿井:イメージとしては、防空壕を作るとか、土嚢を積むとか、国外に避難する人がもっといると思っていました。 しかし、それがほとんど無い。もちろんお金を持っている人は出国していましたけど、大多数の市民はバクダッドに留まっている。「なぜ避難しないのです か?」と聞いたら、「一度国外に出たら、いつこの国に戻って来られるか分からない」と言うんですよ。不在中に略奪にあうかもしれないし、もし米軍が制圧し たら、持ち主がいない家は接収されるかもしれないと話していた。それからもう一つ、「私たちはもう慣れている」と。91年の湾岸戦争でも、次のクリントン 政権でもバグダッドは空爆を受けているんです。80年代のイラン・イラク戦争の時だって、イランからミサイルが飛んできているし、ずっと戦争を経験してい る国ですから、「また戦争か」という話なんですね。

映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』より (C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』より (C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

 

それでも空爆されるわけですから、せめて郊外に疎開するとか、他の町に逃げようとか思わなかったんでしょうか。やはり圧倒的に留まった人が多い?

綿井:「戦争が終わるまで家でじっと待つしかない」という人がほとんどでした。独裁政権の国なので、フセイン政 権に反抗することもできない、一方で国際社会に訴えることもできなかったのです。むしろ難民というなら、「イスラム国」から逃れるために、今の方がイラク 北部から圧倒的にたくさん出ています。宗派抗争・内戦状態が激化した2006年から08年頃は、隣国のヨルダンやシリア、他の国も含めて国外に逃れる人が 本当に多かった。当時はのべ100万人くらい逃れましたからね。当時の方が、これ以上ここには住めないと逃れた人が多かったわけです。

-しかし実際には、過去のものとは比較にならない大規模な空爆が始まりましたね。 綿井:僕がホテルから撮っていたのは、トマホークミサイルによるものです。ペルシャ湾の巡洋艦から発射されました。映画の中では2、3分に縮めていますけど、実際には1時間ぐらい断続的に空爆をしています。開戦2日目の空爆がもっとも激しく、あの日以上の大規模空爆っていうのはたぶんなかったですね。最初は夜だけだったのが、夜から朝にかけて、それから昼もやるようになって、米軍が市内を制圧するまでの3週間は毎日空爆をやっていました。

-しかし実際には、過去のものとは比較にならない大規模な空爆が始まりましたね。
綿井:僕がホテルから撮っていたのは、トマホークミサイルによるものです。ペルシャ湾の巡洋艦から発射されました。映画の中では2、3分に縮めていますけど、実際には1時間ぐらい断続的に空爆をしています。開戦2日目の空爆がもっとも激しく、あの日以上の大規模空爆っていうのはたぶんなかったですね。最初は夜だけだったのが、夜から朝にかけて、それから昼もやるようになって、米軍が市内を制圧するまでの3週間は毎日空爆をやっていました。

 

しかし実際には、過去のものとは比較にならない大規模な空爆が始まりましたね。

綿井:僕がホテルから撮っていたのは、トマホークミサイルによるものです。ペルシャ湾の巡洋艦から発射されまし た。映画の中では2、3分に縮めていますけど、実際には1時間ぐらい断続的に空爆をしています。開戦2日目の空爆がもっとも激しく、あの日以上の大規模空 爆っていうのはたぶんなかったですね。最初は夜だけだったのが、夜から朝にかけて、それから昼もやるようになって、米軍が市内を制圧するまでの3週間は毎 日空爆をやっていました。
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