
◆「国民投票」がキーワードに
翌日の30日、ムーサヴィ氏の声明に呼応するかのように、「緑の運動」のもう一人のリーダーであるメフディー・キャッルービー師(88)が声を上げた。
キャッルービー師は声明の中で、「イランの現在の嘆かわしい状況は、ハーメネイー師による国内外の問題に対する破壊的な政策と介入の直接的な結果である。その一例として、高額で無益な核開発計画への固執や、過去20年間にわたり国と国民に及ぼされた制裁の深刻な影響が挙げられる」と述べた。そして、現状から唯一平和的に抜け出す方法として、「国民の元に戻り」、「自由な国民投票」で「自決権を認めること」を上げた。
キャッルービー師はかつて国会議長を務め、2009年の騒乱の首謀者の一人としてムーサヴィ氏とともに逮捕・拘束されたが、2025年3月に軟禁を解かれている。最高指導者ハーメネイー氏を名指しで非難するこの声明は今後、さらなる物議をかもすことだろう。
しかし、今回の抗議デモで初めて国民投票に言及したのは、パーレビ元皇太子である。抗議デモにより現体制が崩壊したあと、国民投票によって平和的に民政移管を行うとビデオメッセージの中で伝えていた。

現在、パーレビ氏、ムーサヴィ氏、キャッルービー師の語る「国民投票」について論評する国内の改革メディアは見当たらない。しかし、改革派大衆紙シャルグは、前述のロウハニ元大統領の国民投票に関しては、こう論じた。
「ロウハニ元大統領は過去20年間に叫ばれてきた改革という言葉に収まらない、構造的な大改革を求めているが、この数か月にイランで起こった出来事に対する政策決定者の日和見主義や応急処置的な対策の数々を見る限り、そのようなコストの伴う大改革の実現は期待できず、国民投票実施の可能性はほとんどない(要約)」
イランでは王政時代に2度、1979年のイスラム革命以降にも3度、国民投票が行われており、最後に行われた国民投票は1989年の憲法改正(首相職の廃止、最高指導者の資格要件緩和等について)であった。イラン政府にとって格別馴染みのない制度ではないが、体制の存亡を決めかねない国民投票に最高指導自らが道を開く可能性は現時点では極めて低い。
だが、多くの政治家が「国民投票」に言及することで、今後、新たな抗議活動のスローガンに掲げられる重要なキーワードになるかもしれない。
2月6日にオマーンの首都マスカットで行われたアメリカとの核協議で、イランが核開発をどの程度放棄するかが注目を浴びている。米空母をペルシャ湾に待機させての、脅迫に近い協議で核の譲歩を受け入れるのか。それとも、今こそ国民投票に諮ることで自ら核開発を手放すのか。果たしてどちらが政権の延命に大きく寄与する選択と言えるだろうか。
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大村一朗(おおむら いちろう・アジアプレス)
1970年生まれ。静岡県出身。2012年春まで首都テヘランに滞在。イラン国営放送ラジオ日本語課に勤める傍ら、フリーのジャーナリストとしてイランの生活、文化など広く取材。2009年には大統領選挙後の抗議デモに足しげく通い、騒擾下のテヘランの実情を内部から伝えた。 現在、奈良在住。著書 『シルクロード路上の900日』(めこん)、共著 『21世紀の紛争』(岩崎書店)























