
昨年末から1月半ばにかけてイランに吹き荒れたイスラム政権史上最大の抗議デモは、激しい弾圧と夥しい犠牲者を生み、ひとまず収束を見た。しかし、デモの規模の大きさと、今後起こりうるアメリカの攻撃の可能性に、政権内部では動揺が広がっている。内外メディアからその論調を読む。(大村一朗・アジアプレス)
改革派大衆紙シャルグによれば、ロウハニ元大統領は1月28日、自身のかつての閣僚らとの会合の席で、「外国への援助や融資を行うためには議会の承認が必要であるのに、なぜ実際にはこれらの原則が完全に遵守されていないのか」と指摘し、外交政策上の重要な決定にも国民の参加が必要であり、国民の疑問や不安や懸念に対しては国民投票を行い、国民の圧倒的多数の意見に我々は従うべきだと語った。
イランでは核開発による経済制裁によって国の経済が破綻しかけている。にもかかわらず、貴重な石油収入を更なる核開発や外国の軍事組織への資金援助に費やしてきた。その結果、様々な補助金が打ち切られたり、実施されなかったりして、国民を失望させ、今回の騒乱を招いたことに言及したものと思われる。

◆国民投票を求める声
こうした中、1月29日にミールホセイン・ムーサヴィ氏が声明を出し、イラン内外のニュースサイトやSNSが一斉に反応した。
2009年の大統領選挙に立候補し、選挙結果を巡って騒乱となった「緑の運動」のリーダーで、元首相のムーサヴィ氏(83)は、現在まで17年間、当局の軟禁状態に置かれている。
彼は声明の中で、これ以上の流血と弾圧を続けることは不可能であり、国民が自ら国の繁栄と自由への道を切り開けるよう、軍は武器を置くべきだと呼びかけた。また、「外国の不干渉」「専制の拒否」「すべての民族を包含する戦線を形成し、国民投票を実施すること」を求めた。
ロンドンに拠点を置くニュースサイト・イランインターナショナルがこの声明を報じると、同サイトの公式Xには数時間のうちに1千近いコメントが寄せられた。そのほとんどは在外イラン人からのものであり、その多くがレザー・パーレビ元皇太子の支持者だった。
かれらの投稿のほぼすべてがムーサヴィ氏を激しく糾弾するものだった。
その根拠は、ムーサヴィ氏がイランで首相を務めた1980年代に起こった、王党派や反体制的な政治家や知識人に対する大粛清の責任を問うものだった。この時期に海外へ亡命・出国した人々の家系が多い在外イラン人たちの中に、「ムーサヴィこそイマーム体制の中心人物だ」と今も憎しみを抱く人が多くいるのは仕方がないことかもしれない。
ムーサヴィ氏の声明を激しく非難するもう一つの勢力は、当然ながらイラン国内の保守派の論陣である。保守系ニュースサイトが保守政党や保守政治家によるムーサヴィ非難を一斉に報じた。























