◆ネット遮断と弾圧
一般市民にデモが急拡大した理由の一つは、従来から体制派寄りのバザール商人らがデモを起こしたことに、多くの国民が勇気づけられたからだろう。抗議デモが反体制デモへ、そして騒乱へと変わるのに1週間と経たなかった。
前述のエッテマード紙の記事によれば、昼間は治安部隊の装甲車や体制派民兵バシジのオートバイがデモを警戒して繁華街に陣取り、そのせいで客足が遠のき、店はシャッターを下ろさざるを得なかった。SNSの呼びかけで、日が暮れると人々は主要な通りや広場に集まり、治安部隊と衝突した。
デモが最高潮に達したのは1月8日の夜だという。この夜、アメリカに亡命中の元イラン国王の息子であるレザー・パーレビ氏(65)がイラン国民に向けて、街頭に出てデモを続けるよう声明を出したのがきっかけと言われている。
友人によればこの日、SNSでは、「デモに参加して叫ばなくてもいい。歩かなくてもいい。ただ、家から外に出るだけでいい」と拡散され、「外に出られない人は、家の窓から叫ぼう!」と呼びかけられていた。























