◆テロや過激主義を防ぐのは教育者の使命
イスラム国(IS)の支配が続いていたモスル。イラク軍による奪還作戦は8か月に及び、ついにISはモスルの拠点を失った。アバディ首相は7月、「モスル解放」を宣言、約3年にわたるIS統治は終焉した。大学教員のサアド・アル・ハヤート氏(47歳)は、いったんモスルから離れ、バグダッドからキルクークのモスル大学分校に通う。モスルは解放されたが引き裂かれた隣人関係の修復にはまだ時間がかかるとサアド氏は話す。連続インタビューの最終回(第9回)。(聞き手:玉本英子・アジアプレス)

【サアド氏】
モスル解放後、家族とともにモスルの家を離れ、今は、バグダッドの親戚に家に身を寄せています。モスルではまだ学校が開校されておらず、一日でも早く2人の娘を学校へ行かせたかったからです。彼女たちは、2年半学校へ行っていないため、どちらも2学年下のクラスからのスタートです。それでもなんとか楽しく勉強してくれてホッとしています。

イスラム国(IS)が各所に設置した看板。「預言者(ムハンマド)の道に従いしカリフ制」とあり、自分たちが預言者の道に従う正統なる実践者だと誇示する意図があった。IS敗退後、引き倒されていた。(2017年2月撮影・モスル市内・玉本英子)

私は今、週に2回、バグダッドから自分の車で片道7時間かけて、キルクークにあるモスル大学工学部分校へ泊まりがけで通っています。ここには、モスルから脱出した女子学生たちの一部も通っています。ISは彼女たちが大学へ行くことを許さなかった。再び勉強できてどれほど嬉しかったことでしょう。

教育省によると、破壊されたモスル大学を建て直し、新学期の11月ごろには一部再開、他の場所で仮の校舎をつくる話もあると聞いています。モスル大学は図書館もビルも破壊されつくしているので、元の姿に戻るには時間がかかることでしょう。

ISが統治していた当時のモスル大学の写真。大学教育は継続されたが、カリキュラムが改編され、サアド氏が教鞭をとっていた工学部では女子学生の受講が禁止された。のちにサアド氏の専門学科は廃止され、サアド氏は失職した。(2015年・IS写真)

モスル大学はバグダッド大学と並ぶイラク屈指の名門。多数の著名な学者や政治家を輩出してきた。写真はISが公開したモスル大学での授業風景。(2015年・IS写真)

 

<<< 第7回  │  第9回 >>>

(9終) IS去ったモスルのこれから(写真9枚)
(8) 当初、ISを受け入れたモスル住民も~「気づいたときは遅かった」(写真12枚)
(7) IS支配下での礼拝とモスク(写真8枚)
(6)「モスル解放」のなかであいつぐ報復(写真11枚)
(5) 衛星テレビ視聴禁止布告~住民統制強まる(写真14枚)
(4) 学校での洗脳恐れ、通学やめさせた家庭も(写真9枚)
(3) 宗教警察が社会統制(写真10枚)
(2)シーア派やキリスト教徒住民への迫害(写真7枚)
(1)たった数日間の戦闘で町のすべてを支配(写真7枚)

【関連記事】
<イラク・モスル報告>子どもたちが見た公開処刑 IS去っても生活厳しく(写真6枚)
<イラク最新報告>戦闘の狭間で苦しむモスル市民~兄はISに殺害、父は空爆で死亡(写真2枚)
〔イラク現地報告〕イスラム国(IS)支配下のモスル住民に聞く(1)「戦闘員は宗教とはかけ離れた人たち」