路上で米軍の身体検査を受けるバグダッド市民(2003年4月 撮影 綿井健陽)

2004年2月21日のことだ。クリフトン・ヒックスはフロリダ州出身の19歳で、アメリカ陸軍第一騎兵連隊第一大隊C中隊に所属する二等兵としてイラク・バグダッド郊外にいた。この日の夜、夜間パトロールのために戦闘車両で移動中であった彼の部隊は、闇の向こうに仕掛け爆弾の爆発音が響くのを聴く。銃撃戦の音がそれに続いた。

ヒックスの部隊が駆けつけると、銃撃戦はすでに終わっていた。空挺師団のパトロール隊が道の左から攻撃を受け、応戦したのだという。道の右側にある民家からも銃声が聞こえたことから、彼らはそこにも激しい銃撃を加えていた。

ヒックスの部隊は、空挺師団の部隊と共に捜索を始める。攻撃を受けた左側に広がる野原には、空の薬きょうが残されただけで、襲撃者はすでに姿がなかった。次に兵士たちは右側の民家に向かった。車を駆け降りて戦闘態勢を取りながら殺到し、ドアを蹴破る。

彼らが家の中で見たのは、集まって結婚を祝っていた親戚たちであった。だが米軍が撃ち込んだ弾丸は、祝いの宴を修羅場に変えてしまっていた。

イラクでは、祝いの場で空に向けて銃を撃つ。空挺師団のパトロール隊が聞いたのは、新婦の父が娘の旅立ちを喜んで空に放った祝砲だったのだ。3人が米軍の銃弾を身体に浴びていた。一人は6、7歳の少女であったが、すでに息絶えていた。ヒックスは、戦闘車両の上から彼女の遺体をほう然と見つめた。彼は無線で本隊に指示を仰ぐ。だが彼に返ってきたのは、「パトロール任務を続けろ」という命令だった。

「通訳もいないし、アラビア語も話せない。『申し訳ない』とさえ言えなかった。ただ車に飛び乗って走り去りました」

ヒックスがこの出来事を明らかにしたのは4年後。反戦を訴えるIVAW(反戦イラク帰還兵の会)の公聴会の場においてだった。この公聴会の記録は『冬の兵士』(反戦イラク帰還兵の会、岩波書店)という本にまとめられている。
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