アフガニスタンとイラクに送られた米兵自身も、故郷では愛する人の子や親、パートナーである。そんな普通の市民が戦場に送られると、敵の攻撃を受けるだけ でなく、当然人を殺す局面も発生する。「大義不明」の戦場に派兵された若い米兵たちが送る「非日常」とはどのようなものか?京都女子大学教授の市川ひろみ さんによる寄稿の第二回目。(整理/石丸次郎)

バグダッドの中心部を走る道路には、自動車爆弾の残骸が放置されていた。2011年4月、撮影玉本英子(アジアプレス)

バグダッドの中心部を走る道路には、自動車爆弾の残骸が放置されていた。2011年4月、撮影玉本英子(アジアプレス)

 

「対テロ戦争」の遂行者として米軍兵士が直面する「戦場」
「対テロ戦争」の「戦場」では、かつての国家間戦争にはあったさまざまな区別―前線と後方、戦闘員と非戦闘員、軍の任務と警察の任務、大人と子ども、日常と非日常―が判然としない。戦争の大義も明確ではなく、兵士にとって対応するのが困難な戦場となっている。

アメリカ軍兵士は、自衛の場合を除き、民間人や病院、文化遺産などを攻撃してはならないと定めた交戦規程を遵守することが求められている。「対テロ 戦争」では、市街地の巡回警備や「テロリスト」の捜索など、誰が「敵」で、どう対応すべきかを、個々の兵士がその場で判断し行動しなければならない場面が 増えた。換言すれば、かつては上官が担っていた責任が、末端にいる個々の兵士に転嫁された状況にある。

アメリカ軍兵士は、現地の人々と間近に接し、彼らの支持を獲得しつつ、「テロリスト」という「敵」と戦わねばならない。「敵」は制服を着て戦っている正規軍ではなく、戦うべき相手はその実態すら明確ではない。

イラクやアフガニスタンでアメリカ軍兵士は、地元の人々に敵視され、いつ、どこで待ち伏せ攻撃されるかわからない。そのような状況にあって、アメリカ軍兵士が恐怖から過剰な攻撃を行なうことも頻繁に起こる。

その結果、運悪くそこに居合わせただけの人々を殺害してしまう。イラクでは歩兵部隊の兵士の77―87パーセントが攻撃されるが、48―65パーセントは敵戦闘員の殺害に、14―28パーセントは非戦闘員の死に責任があると報告している(12)。

「武装勢力」の捜索では、夜中に民家に「押し入り」、おびえる子どもや妻らの目の前で、父であり夫であるイラク人男性を逮捕する。アブグレイブ収容所では、尋問方法の訓練を受けていない兵士が、収容者に対する拷問や虐待を行なった。

アメリカ軍兵士はアフガニスタンやイラクで、頻繁に子どもに遭遇する(13)。両国とも若い人が多く、総人口の約半数が18歳未満である。アメリカ 軍への攻撃に加わる子どもたちもいる(14)。2002年1月、アフガニスタンでの戦闘によって死亡した米軍軍曹は、14歳の少年に殺されたとの報道もあ る(15)。
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