スリナガルから北へ30kmほど行った町へ、タクシーを借り上げてむかった。
途中、軍のキャンプの前で兵士に止まるように指示される。何事かと思うと、車を徴用するから降りろ、という。通訳とドライバーが「日本のジャーナリストが使っているんだ」と説明すると、行ってよし、となった。
「ああやって、金も払わずに使おうとするんだ、ここではよくあることだけど」と通訳氏があきれ顔で言う。
通訳氏が言うように、このようなことは、たびたびある。とある村の中にある軍のキャンプの前を通ったときのことだった。車は敵意のない証拠に速度を落とし、歩くようなスピードでのろのろとキャンプの前を通りすぎた。

だが、再びスピードを上げようとしたその瞬間、笛が鳴って呼び戻された。ドライバーが詰所に事情を聞きにいくと、ここに来たのが初めてなら、なぜ最初に車を降り、通行の許可を求めないのか、と問い質されたという。このときも通訳氏は「こんなことはまったく無意味だ。自分たちがいかに力を持っているか見せつけたいだけなんだ」と憤った。

さらに進むと、今度は一個小隊の軍のパトロールに出くわした。またここでも止められた。すでに1台のバスから乗客が全員降ろされて、ボディチェックを受けている最中だった。僕の車を担当したのはネパール人のグルカ兵士だった。彼は僕のパスポートを一瞥すると、あっけないほど簡単に通行の許可をだした。僕はそのあっけなさにかえって疑問を感じ、理由を聞いた。返ってきたのは「同じモンゴロイド系だから」というおかしくなるような答えだった。さらに「気を悪くしたのなら、すみません。これも仕事なのです」とそれまで会った慇懃無礼なインド人兵士とはまるで違った態度だった。

おまけに「この先の検問所では旅行者と言ったほうがいいですよ」と親切にもアドバイスまでくれるのだった。
僕に対しては相好を崩すこのグルカ兵士は、カシミール人に対しては厳しい態度でのぞむに違いない。そう思うと同じ黄色人種であることで好感を持たれたことは素直に喜べなかった。しかし、なぜ彼はそんな親近感をいだくのか、なぜ、歴史的な憎しみの因縁のうすいカシミールで戦わねばならないのか。再び動き始めた車のなかで、そんな思いが去来した。
(2004年1月10日)