しかしながら、武装抵抗を続けるKNUの内部内情はいま、あまり芳しくない。
自分の生きている間にカレンの自治問題を解決して起きたかった元議長は2004年12月、KNUの公式会議を経ないで、独自の判断で停戦交渉の使節団を首都ラングーンに送り出した。

それがKNUの幹部の間に大きな亀裂を起こすきっかけともなった。
ビルマ軍政は当時、改革を進めるキンニュン前首相が実権を握っており、和平停戦まであと一歩の所まで話が進んでいた。
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【ボーミャ元議長の葬儀にはビルマ軍政に抵抗する、ビルマ諸団体や関係者が集まった】
だが、キンニュン前首相の権勢の拡大をおそれたビルマ政府の独裁者タンシュエ上級議長は、キンニュン氏を逮捕。

ビルマ国内の政治改革の萌芽がつぶされ、最後に残ったカレン民族との和平も頓挫した。
停戦に向けてのキャスティングボードは、常に軍政側が握っている。

だが、軍政府は、首都移転や国連安保理の公式議題への対処に忙殺されており、停戦交渉は進んでいない。
勢い、時間だけが過ぎていく。

それにつれてKNUの結束が目に見えて崩れ始めているのだ。
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