◆途方に暮れる農民たち

心配なのはこれからのことである。黄海道の住民自身が、今年の収穫が昨年よりもさらに減るであろうことを予測しているのだ。リム氏は農村の幹部であるからか、ひと際沈痛な面持ちでこう語った。
「収穫は水害のあった昨年よりも悪いという見方が大勢を占めています。私も正直、今後どうやって食べていけばよいのか分からないほどですよ。私が8月に中 国に来る直前まで農村では幹部同士が額を付き合わせて議論していましたが、よい方法は何も見つかりませんでした。中国からの輸入だけが頼りだという声が出 ていましたが...」。
ク記者も
「あちこちで作況について聞いたが、去年より今年が良いという話は聞いたことがない」と述べる。

これまでの連載の中で繰り返し述べてきたように、今年黄海道で起きた飢饉の原因は、長期にわたる収穫減による農村の疲弊に加え、国による過度の「収 奪」にあった。こうした中で、金正恩政権は新たな農業政策の導入を検討してきたようである。それが今年の夏以降、しばしば報道されてきた新経済改革措置、 通称「6・28方針(注1)」だ。

これまで明らかになっている新農業政策の内容には、これまで20名ほどで構成されていた協同農場の最小生産単位の「分組」を、6-8名程度に減ら し、収穫の一部(三割という説あり)を農民が自由に処分できるようにするという、「個人農」に近づける措置が含まれているとされる。一部農場では試験実施 されたいう報道もあった。取材班が黄海道住民に取材した8月下旬には、協同農場に既にこうした新政策の内容が伝えられていたことが分かっている。

だが、肝心の農民自身が、この唐突な「農業改革」に懐疑的だとして、リム氏はこう説明する。
「来年から『個人農にする』という話は聞きましたが、農場員たちは『無理だ』と口々に言い合っています。私も同感です。農民個人に土地を与えて生産を任せ たとしても、農民には肥料、種子、農機械などを自力で準備するお金がありません。まさか分組に1匹しかいない農耕用の牛を使い回す訳にはいかないでしょ う? つまり、最初に国が農作業に必要な資金や物資を供給しないでうまく行くはずがないんです。でも、そんなお金があるのならば、そもそも餓死者が出るは ずがありません。だから誰も改革が現実に行われると信じないのです」。

それでは、農民たちは待ち受ける苦境を、どうやって生き延びていくのだろう?この問いに対し、リム氏は
「『ひもじくても生き延びていくしかない。収穫物を盗んで殺されようが、飢え死にしようが同じことじゃないか』と、農民同士で励まし合っていますよ」
と悲しそうに答えるのだった。

また、キム氏も同じ様の質問に対しこう答えている。
「なすすべ術がありませんよ。農業はどうせうまく上手くいきませんし、収穫も落ちるところまで落ちてしまいましたから。農民たちは協同農場生活で得られる以外の収入を見つけ、生き延びていくしかありません。これからも農民たちの塗炭の苦しみは続くでしょう」。

今春の飢饉をなんとか生き延びた農民たちは、今後また始まる新たな苦難を予想し、途方に暮れているのが現状なのである。


注1 6・28方針
金正恩氏が今年6月28日に発表したためにこう称される経済方針。正式名称は「われわれ式の新たな経済管理体制確立について」とされる。内容は企業所運営の自主化、農村改革、配給制の廃止など多岐に渡るとされるが、北朝鮮当局による正式の発表はない。

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