イラン中部の古都イスファハンで、この秋4件ものアシッドアタック(酸攻撃)の連続通り魔事件が発生したことを受け、イラン警察のアフマディーモガッダム 司令官は19日、国内で年間600件から700件ものアシッドアタック(酸攻撃)が起きていることを明らかにした。これらに対する抑止力として、キサース 刑(同害報復刑)の明文化を求める声が上がっている。(大村一朗)

イスファハンでの被害者の一人を見舞うエブテカール環境保護庁長官(ISNA通信ウェブサイトより)

イスファハンでの被害者の一人を見舞うエブテカール環境保護庁長官(ISNA通信ウェブサイトより)

 

◆アシッドアタックの多くは恋愛のもつれや求婚拒否への復讐から

なぜイランではアシッドアタック(酸攻撃)がこれほど多いのだろうか。友人のイラン人M氏に訊いた。

「酸は、銃より簡単に手に入るし、ナイフを使うより抵抗なく人を傷つけられる。イランにはキサース刑(同害報復刑)があるから、銃で殺してしまったら自分も死刑になる。酸なら、相手が死ぬことはないだろうから、捕まったときの心配も少ない」

女性の顔を標的にしたアシッドアタックの多くは、イランでの事例に限らず、恋愛のもつれや、求婚を断られたことへの復讐、腹いせとして行われること が多い。殺すことなく、相手の「美」を奪い、一生を台無しにするという卑劣な目的からは、酸の利用は理にかなっている。被害者が男性であること、つまり男 性同士の怨恨の果てに、襲撃の道具として用いられることもあり、この場合も、敵を死に至らしめることなく最大の効果を得る武器として、有用であることは認 めよう。

だが、アフマディーモガッダム司令官の説明では、年間600から700件の発生件数の多くは、乗用車など物品の損傷を目的としたものであるという。そうなると、やはりわざわざ酸を用いる必要などないのではないかと思ってしまう。

「イランでは酸は簡単に手に入るんですよ。買うときに名前はもちろん、使用目的を訊かれることもありません。私が高校生のときも、同級生が気に入らない先生の車に酸をかけていたずらしてましたよ。完全に色が剥げてしまい、ペンキのように洗い流せませんから」

イランでは、バザールの工業用薬品店や実験用具を扱う店などで、酸の類を購入することができる。最も危険な純度96パーセントの硫酸でさえ、1ガロ ン(4リットル)10000トマン(約1500円)ほどで買うことが出来る。本来の客層は、化学研究施設や金細工、金採掘の業者などだが、一般人でも普通 に購入できるという。アシッドアタックが著しく増加している現状においても、政府は酸の販売と購入に何らの規制も加えようとはしていない。

◆規制強化と抑止力を求める声

イスファハンの連続事件の発生を受け、世論は政府に酸性液の販売と購入に対する規制強化を求めているが、もうひとつ、抑止力として、アシッドアタックに対するキサース刑の明文化(※)を求める声も上がっている。

2004年、テヘランで、求婚を断られた腹いせに相手の女性の顔に硫酸をかけ、大火傷を負わせた上に両目を失明させた男が、4年間の裁判の末、同じ く酸によって男の両目を失明させるというキサース刑を言い渡された。それを非人道的だとして非難し、刑を行わないようイラン政府に圧力をかけたのは、西側 諸国のメディアと政府だった。その後、被害者の女性がキサース刑を取り下げ、加害男性を「許した」という美談が世界中を駆け巡った。

このときキサース刑が執行されていたら、現在まで多くのイラン女性がこの手の犯罪から救われていただろうことは想像に難くない。【大村一朗】

※キサース刑(同害報復刑)...イスラム法を用いるイランでは、殺人や傷害に対して、被害者や遺族が、同じ被害を加害者に与える権利を有してい る。しかし、全く同じ被害であることが原則であり、酸という液体によって受けた人体の損傷と全く同一の損傷を加害者に与えることは不可能に近いため、酸攻 撃に関しては、キサース刑の新たな解釈を検討するか、キサースの代わりとなる特別刑の整備が期待されている。

<<< 多発する女性への酸攻撃、その背景とは(上)

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