「工場でどのような化学物質をどのくらい使っていたかといったことを、原告の側が調べるのは困難です。まして従業員が死亡していては、遺族にとっては事実上、不可能な作業になります。だから、サムスン電子には情報公開に応じてほしいんです」
サムスン電子からのコメントは、約束通り、私が日本に帰る日にメールで送られてきた。それは英文で次のように書かれていた。

「家族同様の従業員の突然の死に、大きな衝撃を受けています。当社としては、家族の一員である遺族のために、専門家とも相談しながら、できる限りの対応をしていく所存です」

そして、化学物質についてはこう書かれていた。

「サムスン電子は、使用する化学物質について、常に法律に基づいて適切に管理しています」
サムスン電子は2011年、キフン工場に従業員の健康管理のための巨大な施設をオープンさせた。従業員の健康を科学的に調査・研究して、その向上を図るのだという。

「これだけ立派な施設を持っている会社は、欧米の著名な企業でもありませんよ」

キフン工場で取材に応じた環境衛生部門のトップは、そう言って胸を張った。もちろんそれは、サムスン電子が企業として、従業員に対する責任の一つを果たそうとしていることの現れなのだろう。

しかし、かつて同社のために懸命に働いたにもかかわらず、職場環境のせいで白血病にかかってしまった従業員たちへの対応の方に先に取り組むべきではないか、というのも率直な感想だ。医師のコン・ジョンオクは言う。

「私たちが(サムスン電子に)求めているのは、ものすごいお金をかけた施設の建設ではないんです。求めていることはただ一つ、もう少し、被害を受け たと叫んでいる人たちの声に耳を傾けてほしいということ。サムスン電子はそろそろ気づいた方がいいんです。ファン・ユミさんのケースは氷山の一角でしかな いということに」(終わり)

(この原稿は、「現代ビジネス」に掲載された記事を著者の承諾を得て転載したものです)
<<執筆者プロフィール>>

立岩陽一郎
NHK国際放送局記者

社会部などで調査報道に従事。2010年~2011年、米ワシントンDCにあるアメリカン大学に滞在し米国の調査報道について調査。

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