ロヒンギャ・ムスリムの暮らす難民キャンプに通じる一本道。(ラカイン州にて撮影:宇田有三)

ロヒンギャ・ムスリムの暮らす難民キャンプに通じる一本道。(ラカイン州にて撮影:宇田有三)

<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題(1)へ

Q.
英国植民地時代にどのくらいの人がミャンマー側に来て、どのくらいの人がラカイン州.北部の「マユ辺境行政区」に住み着いたのですか?
A.ロヒンギャ問題をややこしくしているのが、その人口を示す数字があまりにもはっきりとしないことです。全体像が分からないのです。それには次のような理由もあります。

軍事政権下のミャンマーで1992年、通称「ナサカ」という国境警備隊が創設されます。実はこの組織が問題なのです。ミャンマーで2016年、国民民主連盟(NLD)の新しい政権が活動を始めると、主要な問題として、民主化問題、民族問題、麻薬問題とならんで「汚職問題」が議題となりました。

国際的に発表される各国の汚職度で、ミャンマーは毎年、その度合いの酷さを指摘されています。社会の裏にはびこった悪弊は、民主化したからといっても一朝一夕で解決されるわけではありません。(もともと汚職が蔓延したのは、軍政が長かったためです)

Q. ミャンマーの汚職と「ナサカ」という国境警備隊が関係あるのですか?

A. その「ナサカ」や土地の役人が賄賂を受け取って、バングラデシュ側から多くのバングラデシュ人をミャンマー側に入れたのです。ただ、どのくらいの人がバングラデシュからミャンマー側に不法入国を許したのか、その実数まったく分からないのです。その人たちは、実際に市民権を持っておらず不法移民です。

でも、20年以上、ミャンマー留まり、そこで暮らしていたら生活基盤がそこに出来てしまいます。この間、腐敗した役人や国境警備隊それに、ラカイン人・ミャンマー人・ロヒンギャたちの人身売買業者などが活動してきました。民政移管後、これらの役人の罪を問う声を聞いたことがありません。

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