◆ISが教育カリキュラム改編し現場が混乱

モスル市内のある家族。ISの支配下、子どもたちは学校に行かず、家にこもっていたという。ISの過激思想教育の影響を恐れ、子どもを登校させない家庭が少なくなかったという。(モスル市内・2017年2月・撮影・玉本英子)

武装組織イスラム国(IS)の支配が続いたイラク北部モスル。ISの統治のもとで、学校教育もISの指導に沿ったものへと改編されていった。小・中学校では「子供が過激主義に洗脳される」と通学をやめさせる家庭があいついだ。モスル大学では学部によっては女子が排除されるなど混乱が起きていた。IS統治下のモスルで、2年半にわたって暮らし、支配の実態を見続けたモスル大学教員サアド・アル・ハヤート氏(47)の連続インタビュー、第4回目。(聞き手:玉本英子・アジアプレス)

【サアド氏】
私には2人の娘がいます。上は中学1年生で、下はまだ小学校低学年でした。ISがモスルの支配をすすめてからも、1年間、娘たちは学校へ通っていました。IS支配下でも、これまでと同じイラク政府の教科書を使った通常の勉強が続けられていたからです。私の地区では女子児童の登校は許されていました。

ISの学校教育部門が作成し、支配地域の小学校に配布された教科書。教材の多くに兵器や戦争を意識した内容が盛り込まれている。(ファルージャ・2015年・IS写真)

それが2015年、ISはすべての教育カリキュラムをISのやり方に変え、先生たちに強制しました。多くは教職を離れましたが、生活のためや、ISに脅されて従うしかなかった先生たちは残りました。美術の授業はなくなり、イスラム教の授業が増えました。

ISが小学校で使う英語の教科書。対話の例文は「これは何?」「これはイスラム国の旗です」。表紙(左)のモスクは、ISのバグダディ指導者がカリフを宣言したモスルのアル・ヌーリ・モスクと思われる。(IS出版物より2017)

 

この時に、多くの子どもたちが学校へ行かなくなりました。ISから何を教え込まれるのか分からないのを恐れた親たちが登校をやめさせたのです。ISに従いながらも、そのカリキュラムに同意できなかった先生の中には、子どもたちに登校をやめるよう、こっそり伝える人もいました。ISは子どもたちを強制的にISの学校へ入れさせようとはしなかったため、結果的に多くの小中学校が閉鎖されました。

ISが中学・高校の学校教員向けに作成した子供の身体教練に関する指導要領。腕立て伏せなど体力育成の詳細な指導のほかに、銃器についての説明も出てくる。(IS出版物より)
ISがモスルを制圧した際は、脱出する教員もあいついだ。こうしたなかISは新規の教員採用を続けた。写真はモスルでの学校教員の公募で集まった応募者の登録の様子を伝えるIS写真。(モスル・2015年・IS写真)

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