ラッカ攻略戦では民間人にも多数の犠牲が出た。ラナさん(31歳)は、米軍の砲撃で亡くなった夫の写真を見せながら涙をこぼした。(2018年10月撮影:玉本英子)

IS支配下のラッカは、シリア政府軍、ロシア軍、米軍・有志連合の激しい空爆にさらされた。住民の救出にあたったのは消防隊員だった。(2015年:IS映像)

ISは、イラク、シリアで住民を殺害したばかりか、世界各地で市民を殺傷した。組織を壊滅に追い込まなければ、テロは続いていただろう。だが、IS掃討作戦の名のもとの空爆や戦闘で、住民が巻き添えとなって命を落とした。

またIS戦闘員の妻や子供も死んでいる。その責任を問う国際社会の動きはない。

ISは敵対勢力処刑や住民殺戮を繰り返した。だが、アサド政権や米軍のIS爆撃では地元住民も巻き添えに。被害全容は不明のままだ。(2017年:IS系アマーク映像)

崩れ落ちた建物や瓦礫が、まだあちこちに残るラッカ。ユーフラテス川の流れが、たくさんの犠牲者の涙のように見える。

昨年10月までに5000を超える遺体が市内で見つかった。住民犠牲者や、IS戦闘員とその家族などだ。

「IS家族や地元民の遺体だからといって、分けて扱ったりしません。私たちは、人としてすべきことをするだけです。身元の分からない亡骸は、私たちがきちんと墓地に埋葬し、弔ってあげます」
遺体収容作業を統括してきたアハメド・アコウシュさん(33歳)は、そう話した。

ラッカの丘でいまも見つかる遺体。別の町から連行され、殺害された犠牲者も。収容作業班は骨や衣類の一部を保存し、見分していた。(2019年10月撮影:玉本英子)

激しい空爆にさらされたラッカ。市内のあちこちに爆撃と戦闘で破壊された建物が残る。(2019年10月撮影:玉本英子)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年4月21日付記事に加筆したものです)