建設現場で働く労働者。左側の男性はコンクリートブロックを背負っている。2025年9月、恵山市を中国側から撮影(アジアプレス)

アジアプレスは5~6月に両江道(リャンガンド)と咸鏡北道(ハムギョンブクト)の4都市で大規模価格調査を実施した。連載8回目は、国営企業の労賃(月給)について報告したい。北朝鮮の成人男性の大半は国営企業に勤めており、その労賃は原則的に国定であるが、そもそもこの国定労賃とは何なのか。どれくらいの購買力があるのか。最新の労賃の水準と構造について解説する。(洪麻里/カン・ジウォン

◆有名無実化した国定労賃

北朝鮮では、職種や労働強度によって国が労賃の額を一律に決める「国定労賃」制を長くとってきた。これはもともと労働の対価として、食・住とエネルギーを家族分まで含めて国が廉価に保障する配給制が前提の制度であった。医療と教育は無償で、勤めてさえいれば、家族全員が労賃でなんとか暮らしていけるという仕組みである。職場には職階による等級があり、昇進していけば労賃も上がっていった。

それが一変したのが、1990年代の経済破綻だ。食糧配給制がほぼ崩壊し、「苦難の行軍」と呼ばれる社会混乱と大飢饉が発生した。国定の労賃では必要な食糧をまったく調達できなくなり、この制度は破綻、ほとんどの住民が生きるために市場活動に乗り出した。それでも金正日政権は、成人男性に対し出勤を強要した。職場を通じた統制を維持するためだ。労賃は支給されないか、意味をなさないごく少額しか支給されず、食糧配給もほとんど停止した状態が最近までずっと続いていた。

(参考写真)平安北道朔州郡の青水化学工場。この撮影の数年前までボロボロの廃墟のようだったが外観はきれいに整えられていた。中国側の人目を気にしてのことか、再稼働を始めたのかは不明だ。2024年9月、中国側から撮影(アジアプレス)

◆10倍引き上げで住民安堵したのも束の間

2023年末、大きな変化が起こった。金正恩政権が国営企業の労賃を一斉に10倍以上に引き上げたのだ。それまで1500~2500ウォン程度だった労賃は3万5000~7万ウォン(後述する)に跳ね上がった。また、労働者本人分に限るが毎月食糧5キロ程度を無償で支給した。引き上げた労賃で家族分の食糧が買えるようになったと、当局は宣伝した。

※2023年1月頃から、食糧の市場での販売は禁止され、国営の食糧専売店である「糧穀販売所」でのみ購入できるようになった。
※朝鮮1万ウォンは約23.8円(2026年8月28日現在)

国定労賃を一斉に10倍以上引き上げるという金正恩政権の政策は、住民たちに驚きを持って迎えられた。描いた設計図は、90年以前のように、職場に勤めれば国定労賃で何とか食べていけるようにするというものだった。

これは、瞬間的に成果を見せた。労賃一斉引き上げ直前の2023年10月初旬時点を例にとると、アジアプレスの調査では、1キロあたり白米は6800ウォン、トウモロコシは3200ウォンだった。つまり労賃ではトウモロコシ1キロも買うことができなかったわけだが、引き上げ直後の2024年1月初旬時点では、労賃を5万ウォンとすると、白米は8.8キロ、トウモロコシは16.1キロ購入できるようになったのだ。

一家全員が食べるには不足するが、30年間も労賃が意味をなさなかったことと比べると画期的な措置のように見えた。コロナ・パンデミックを機に、個人の経済活動が強く抑制され、かつてのような自由な市場活動ができなくなっていた住民たちからは、当面食べていく見通しが立ったと安堵の声が多数聞かれた。

◆超インフレで設計図崩壊

だが、それはほんの束の間ことだった。糧穀販売所の食糧価格がみるみる上昇して行ったからだ。本連載でも繰り返し触れているように、この3年間のハイパーインフレによって、金正恩政権が描いた「食べていける」新しい労賃制は、瞬く間に水泡に帰してしまった。引き上げ直後と最新(2026年8月28日)の価格を比較すると、白米は6.5倍、トウモロコシは5.5倍に暴騰している。

表|2023年1月から2026年6月までの個人間取引の食糧価格の推移。トウモロコシは8月末時点で6月の価格の2倍まで高騰した(アジアプレス調査)

◆未支給から10万ウォンまで…著しい格差

ここで、国営企業の労賃についてもう少し細部を見ていきたい。

大規模な鉱山や炭鉱、製鉄所など国家の生産計画指標に従って運営される企業や工場(中央管轄企業)の労賃は、引き上げ直後と同水準を維持し、3万5000~5万ウォンである。
また、溶接工など技術職の場合、基本労賃に2000~5000ウォン程上乗せされるという。しかし、未曽有のハイパーインフレを前に国定労賃の水準は、最低生活を営むのにまったく見合っていない。また、前回の記事でも触れたように、2017年の対北経済制裁以降、多くの鉱山や炭鉱は深刻な経営不振から回復できずにおり、取材協力者は「労働者の半分に労賃さえも払えない状況だ」と現状を説明する。

一方で、原材料の仕入れから生産、販売まで一程度、自律的な経営裁量を有する地方管轄企業は、労賃決定にも一定の裁量がある。よって、経営状況に応じて労賃に大きな格差が生じているという。協力者らは「経営不振によって未支給の企業もある一方で、多い時は月10万ウォンもらえる企業もあるそうだ」と伝える。

つまり、利益を多少とも出している企業はその分労賃を多く与えられるが、そうでない場合、その結果の責任も企業にあるため、労賃が未払いになることもあるということだ。協力者の報告をまとめると、地方管轄企業の労働者の労賃は月7万~10万ウォンほどが平均的と見ることができそうである。また、労賃とは別に工場で生産したモノの在庫を現物支給する場合もあるという。

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