
鎖国国家・北朝鮮の経済を的確に診断するのは難しい。評価するための物差し(指標)や情報がきわめて少ないからだ。最近、「北朝鮮経済は良くなっている」という分析が、専門家やメディアから数多く提示されている。だが根拠として示される材料や指標は乏しい。アジアプレスでは5~6月に北朝鮮北部地域で大規模な価格調査を実施した。データを提示して北朝鮮経済の現状を分析しようという試みだ。シリーズで報告する。(石丸次郎)
◆評価の指標が圧倒的に足りない現実
周知のとおり、北朝鮮政権が開示している経済統計は、政府予算をはじめほぼ皆無だ。中国政府が発表する朝中間の貿易統計が、数少ない信頼度の高い指標である。その他の評価材料といえば、衛星写真の分析、ロシア人などの限られた訪問客が撮影した平壌中心部の写真や映像、北朝鮮官営メディアが発表する記事、韓国銀行の推計値くらいだ。朝中間を行き来しているビジネス関係者と接触できればよいが、非常に困難である(5月から中国人関係者の入国規制が緩和されたため、今後は期待が持てる)。
「北朝鮮経済は良くなった(あるいは悪くなった)」という大雑把な評価に対して、筆者は長く不満を持ってきた。何らかの指標をもって「何が、いつに比べ、どのように良くなったのか(あるいは悪くなったのか)」を示さないのなら、それは印象論の域を大きく超えるものにはならないからだ。
また、「誰にとって、良くなったのか(あるいは悪くなったのか)」を示すことも重要だ。例えば、朝中貿易の活性化や、ロシアのウクライナ侵略戦争への支援の対価を得たことで、軍需産業や平壌市建設などへの資金の使い道に余裕が出たとすれば、金正恩政権にとって「経済は良くなった」と評価できるだろうが、それは必ずしも地方都市の産業や一般住民の暮らしの改善を意味するわけではない。別途に情報やデータなどの指標を示さなければ、改善であれ悪化であれ判断は困難だ。

◆北部地域で実施した大規模価格調査
アジアプレスでは、今年5~6月中旬に北朝鮮の北部地域で大規模価格調査を実施した。消費物資から電気や医療などの公共料金、国営企業の労賃(給与)に至るまで45種類以上に及んだ。限界はあるが、北朝鮮経済の現状を判断するための指標をデータで提示しようという試みだ。
調査の概要は以下の通りだ。
・調査期間:2026年5月~2026年6月中旬
・調査地域:咸鏡北道と両江道の4か所
・調査方法:アジアプレスの北朝鮮国内の協力者による調査とインタビュー
※北朝鮮に搬入した中国のスマートフォンを通じて連絡
・調査品目:食糧(米、トウモロコシ、小麦・小麦粉)、食品(食用油、醤油、味噌、大豆、豆腐、豚肉など)、公共料金(電気、水道、暖房用石炭、公共交通費、医療費)、工業製品(衣類、靴など)、労賃(国営企業、地方工場)、委託加工の作業単価など
・調査の限界:平壌をはじめとする他地域の確かな情報は得られなかった。庶民層の消費行動に限定され富裕層の調査はできなかった。

◆流通体系の劇的な変化
まず、消費物資の価格から報告したいが、その前に、食糧及び消費財の流通構造が2020年頃から大きく変わったことを説明しておかなければならない。
周知のように、北朝鮮では1990年代前半に食糧配給制がほぼ崩壊、消費財の生産は麻痺して、政府管理の国営の流通網はほとんど機能を喪失した。代わって農民市場(農民たちが家の庭などで栽培した野菜や雑穀、鶏や卵などを売る市場)が闇市場化し、禁制品の食糧をはじめあらゆる消費財が取引されるようになる。
拡大する闇市場は2003年に金正日政権よって合法化された。この公設市場はしばしば政府の強い統制と規制を受けながらも増殖を続け、多様化しながら拡大、整備が進んだ。輸送の多くも、実質的に「民間」が担うようになった。ほとんどの物資は、国営流通網ではなく市場メカニズムによって流通するようになり、価格は、需要と供給に基づき、競争原理の下で大小の商業者が自律的に決めるようになった。
ところが、金正恩政権は2020年頃から強力な市場抑制策と、個人の経済活動の統制に走り、同時に国営の食糧専売店「糧穀販売所」と国営商店の復旧を図った。食糧と物資の流通の主導権を、国家が市場から奪還する政策を強引に進めたのである。
2026年現在の食糧及び一般消費財の流通は、①国営流通網―国営商店 ②市場(ジャンマダン)③糧穀販売所(食糧専売店) の三種類に分類することができる。以下は、両江道(リャンガンド)と咸鏡北道(ハムギョンブクト)の4都市に住む6人の取材協力者の報告をまとめたものである。





















