ヤズディ教徒の暮らす地域は産業もなく、多くが困窮状態におかれてきた。クルディスタン地域に出稼ぎに出るヤズディ教徒が多い。ドホークでは建設作業、アルビルでは飲食店従業員などをしている。写真はシンジャル郊外ギルオゼールのメイン通り。(ギルオゼール・2011年)

ヤズディ教徒の暮らす地域は産業もなく、多くが困窮状態におかれてきた。クルディスタン地域に出稼ぎに出るヤズディ教徒が多い。ドホークでは建設作業、アルビルでは飲食店従業員などをしている。写真はシンジャル郊外ギルオゼールのメイン通り。(ギルオゼール・2011年)

米軍がイラクに駐留していた頃は、米軍の従軍通訳になるヤズディの青年があいついだ。武装勢力の攻撃が激しい戦闘現場に同行する危険な任務だったが、短期間でまとまった収入を得られたこの仕事を選択した青年は多い。当時、米軍通訳が得ていたのは1日40ドルほど。作戦行動中に命を落としても、米軍からの「死亡補償金」はわずかだった。それでも、大学生だけでなく、英語を話せない青年が衛星放送でCNNなどを見て独学で必死に英語を覚えて通訳になる者もいた。経済的に困窮する家庭が多い彼らにとって、一定期間、通訳として働けばアメリカの市民権を得やすいのも理由だった。米軍にとっては、イスラム教徒でないヤズディ教徒のイラク人からは武装勢力の内通者が出にくいという側面もあった。写真はイラクに展開した米軍。(2004年)

米軍がイラクに駐留していた頃は、米軍の従軍通訳になるヤズディの青年があいついだ。武装勢力の攻撃が激しい戦闘現場に同行する危険な任務だったが、短期間でまとまった収入を得られたこの仕事を選択した青年は多い。当時、米軍通訳が得ていたのは1日40ドルほど。作戦行動中に命を落としても、米軍からの「死亡補償金」はわずかだった。それでも、大学生だけでなく、英語を話せない青年が衛星放送でCNNなどを見て独学で必死に英語を覚えて通訳になる者もいた。経済的に困窮する家庭が多い彼らにとって、一定期間、通訳として働けばアメリカの市民権を得やすいのも理由だった。米軍にとっては、イスラム教徒でないヤズディ教徒のイラク人からは武装勢力の内通者が出にくいという側面もあった。写真はイラクに展開した米軍。(2004年)

クルディスタン地域政府議会とイラク国民議会には、ヤズディのコミュニティーを代表する議員がいる。写真はクルディスタン議会。フセイン政権崩壊後のイラクの新憲法第2条にはイラクの宗教的多様性が明記されているものの、政治の混乱と武装勢力の台頭で、ヤズディ教やキリスト教などの少数宗教は圧迫を受け続けることになった。(アルビル・2006年)

クルディスタン地域政府議会とイラク国民議会には、ヤズディのコミュニティーを代表する議員がいる。写真はクルディスタン議会。フセイン政権崩壊後のイラクの新憲法第2条にはイラクの宗教的多様性が明記されているものの、政治の混乱と武装勢力の台頭で、ヤズディ教やキリスト教などの少数宗教は圧迫を受け続けることになった。(アルビル・2006年)

次のページへ ...